きゃりあ・ぷれす

天職を探せ
様々に悩み、考え、挑戦して、
今『天職』と言えるものを見つけてがんばっている人、
見つけつつある人と発行人宮崎との対談。
天職を見つけた結果よりもそこに至る思考の変遷や
キャリアの蓄積などの経緯にスポットを当てています。
それが、今、様々に悩んだり迷ったりしている方に
少しでも役立てば幸いです。
第8回 がんばれ新人編 藤岡亜美さん
エクアドルの森からの企業物語

就職氷河期といわれて久しい昨今ですが、近頃の新卒の方々は、必ずしもいわゆる大企業への就職が一番と考える人ばかりではないような傾向が見受けられます。
就職課や求人情報誌に出ている求人をあてにせず、有名無名にかかわらず自らサイトなどで自分の価値観や方向性と合致しそうな企業を探し、直接アプローチするといった能動的な新卒の方々や、さらには今回ご登場いただいた藤岡さんのように、新卒即起業という「剛の者」もいらっしゃいます。でも、今という変革の時代は、そういう活力ある若者たちを求めているのです。
「がんばれ新人!」大学を出たからといって急に規制の枠にはまってしまうのはもったいない。もっと自分の価値観や方向性を大切にして、自分の道を切り開いてください。そういう意味でも私は藤岡さんたちに大いにエールを送ります。(宮崎)
<前編>
藤岡亜美さん
1979年、東京生まれ。明治学院大学国際学部で文化人類学を学ぶ。
ゼミのフィールドワークで出掛けた南米エクアドルで、日系企業の鉱山開発計画に反対して伝統農業やエコツアーなどによって自立的で持続可能な生活スタイルを実践するコタカチ郡フニン村の人たちに感銘を受ける。
在学中は、インタグコーヒーと呼ばれる地元産の有機・無農薬コーヒーや地元で自生する植物などを利用した手工芸品のフェアトレード(公正貿易)などを通じて大量消費型のライフスタイルの転換を呼びかけるNPO「ナマケモノ倶楽部」のメンバーとして活動。しかし、同様の活動をビジネスによって多くの人たちに広めたいと考え、カフェ開業を目指して起業を決意。
2002年春の卒業を機に、社会的課題をビジネス手法で解決する志向を持つソーシャル・アントレプレナー(社会的起業家)を育てるビジネスコンペに応募し、見事優秀賞に輝く。
今年3月には東京都主催の学生起業家選手権で優秀賞を取り、インタグコーヒーや無農薬料理などを提供するカフェ運営とフェアトレードを柱とする(有)スローウォーターカフェを近く設立予定。今年末までのカフェオープンを目指して日々奮闘している。


◆カフェから始まるスローなライフスタイル
宮崎 今までの「天職をさがせ」は、一度企業に就職してから辞めて「天職」と言えるような仕事にめぐり合った方々にご登場いただいてきたんですが、新卒で即起業という人は初めてのケースです。でも、藤岡さんは大学生の頃から現在の事業をやっていたんですってね。

藤岡 はい、エクアドルを環境保護運動のフィールドにしていた辻信一教授のゼミ「文化とエコロジー」のゼミ生で、自分の食い扶持を気にせずに済んだ学生の頃から現地と行き来しながら商品開発などはやっていました。

エクアドルはequator(赤道)という意味で、海岸部には昔奴隷船で漂着した黒人の末裔が住んでいたり、山岳部には先住民が住んでいたり、土地ごとに多様な自然と文化が現在も比較的守られている国です。エクアドルには大学2年生の時に初めて行き、以来4回行っています。

学生時代は、ゼミの卒業生が中心となって設立したNGO「ナマケモノ倶楽部」に関わっていました。ここでは、コーヒーを中心にエクアドルから輸入したものを販売したり、イベントを通じてスローなライフスタイルを広める活動をしていました。「ナマケモノ倶楽部」というのはエクアドルにいるナマケモノから名前を取っていて、「ナマケモノになろう!」という呼びかけをしています。

ナマケモノはエコロジカルな動物です。一日に3枚しか葉を食べなくて、糞をする時には危険にさらされるのにわざわざ木から下りてきて穴を掘ってそこで済ませます。それが木の肥やしになるので、自分の食べたものが循環しているんですね。また、ナマケモノには天敵はいません。いかに強くなるかではなく、いかに生態系に寄り添って生きていけるかを目指して生き残ってきた動物で、平和で非暴力で敵を作らないということが言えると思います。
ナマケモノは「森の菩薩」とも言われているそうです。しかし、敵がいるとすれば森林伐採をする人間です。森林伐採で人里に出てきてしまうと人間に捕らえられたり、えさがなくて生きていけなくなってしまいます。こうした現状に気づいた現地在住の環境運動家アンニャ・ライトさんが「ナマケモノを守ろう!」と私たちに伝えてきたんですが、私たちはそれだけではなく「ナマケモノになってしまおう!」と考えたんです。

宮崎 では、ナマケモノ倶楽部の現在の活動は、森林伐採を止めさせたり植林したりというようなことですか

藤岡 それもありますが、現状を根本的に変えるには自分たちのライフスタイルを見直さないといけないので、エクアドルで森を守ったり、環境共生型の暮らしをしている人々とつながりながら自らも「ナマケモノになる!」ということをメインに据えています。

今、エクアドルは分かれ道に立っていると思います。一つは、豊富な鉱物資源を売って先進国の後追いをしながら経済発展するという道。もう一つは、今お話したようにナマケモノのように文化や自然の多様性を基盤にして独自の方向性で持続可能な発展を遂げるという道です。でも、後者の流れを実践しているのは非常に限られた人たちなので、こういう人たちとつながりながらコーヒーや雑貨を輸入して、カフェを作ったり、イベントに出展したり、NGOとして発信をしたりすることで訴えていこうとしています。

宮崎 ナマケモノ倶楽部でもコーヒーや雑貨販売というビジネスはしているんですね。

藤岡 そうです。ただ、運動しているだけでは影響力が及ばないですよね。私の場合、学生のときは自分の学問と環境運動がつながっていたのでそれが面白かった。また、ビジネスにつなげていくとそこでも自分たちのやっていることが表現できるし、何より企業が変わらないと環境は変わらないですよね。そう思っているので、学問とビジネスと運動を全部つなげてやろうということがコンセプトになったんです。

宮崎 でも、ナマケモノ倶楽部とは別に起業したんですよね。NGOという形ではやりにくいことがあったんですか

藤岡 実はそうです。今まで3年ぐらいこの活動をやってきて、運動の中での限界を感じたんです。というのも、自分の個人的な友達の中にはこうした運動に関わっていない人もいて、こういう人たちと話しているとやはり運動には抵抗があるのか溝を感じました。イベントに出展しておいしいコーヒーやかっこいい雑貨を売っていても、そこに足を運んでくれる人は同じ種類の人たちなんです。私にとってこうしたことをもっと広げたい人は、自分もそうでしたが雰囲気で受け取ってくれる人だったり、何て言うんでしょうか普通に街を歩いている人というか、そういう人たちに伝えたいんです。

宮崎 なるほど、現状の形ではビジネスであったとしても限られた人々にしか伝わらないと思ったんですね

藤岡 そうなんです。なので、ビジネスのほうに重心を置いてやっていけることはないかと探していた時に社会的起業家を支援する「ETIC」(http://www.etic.or.jp/)というNPOが主催したビジネスコンペに応募しました。それがきっかけでビジネス分野の方々とつながりを持たせていただくことができました。

宮崎 で、今回東京都の学生起業家選手権で優秀賞を取って、いよいよ会社設立ということですね

藤岡 はい、スローウォーターカフェという会社です。都内の川沿いにカフェを出店する予定です。そこでエクアドルのコーヒーを出したり、サイザル麻と呼ばれる麻から作った雑貨も販売します。

アンデス山脈近くの地域では昔から男性の力が強く、女性は飴一つ買うにも旦那さんに聞かなければならなかったそうです。子供たちの教育や医療にも現金が必要ですが、鉱山開発などによる雇用にはNOと言う選択をしたので、コーヒー生産者の奥さんたちが自宅近くに自生する麻をすき、森に生育する植物を使って自然染色したものから何かをつくっていこうと組合を設立したんです。最初は2色ぐらいしかなかったんですが、バックやベルトを作ってくれました。その頃、私たちは日本で水筒を広めようという運動をやり始めていました。マイボトルを持ったら缶を使い捨てにしなくていいし、自分が安心して飲める飲み物を選べますよね。そこで、私がペルーで見つけた水筒ホルダーを彼女たちのところに持って行って、一緒に商品開発をしました。
これがきっかけで、何かを頼むにはこういうふうにコミュニケーションを取っていけばいいんだなというのが分かってきて、いろいろな雑貨が形になっていきました。色のバリエーションも5、6色に増えたんですよ。税関で箱 を空けるごとにグレードアップしています。

このほか、象牙の代わりにタグアと呼ばれる椰子の実からつくったアクセサリーもあります。象牙に対するオルタナティブという意味で出しています。タグアは熱帯雨林に自生しているもので食用にもなりますが、固くなって木から落ちると削れるようになります。落ちたものを加工するので持続可能だし、削りカスは粉にして豚のえさに混ぜて食べてもらいます。産業廃棄物が出ない循環型の商品なんですよ。

宮崎 ウェブサイト上での通販もやるんですか

藤岡 そうです。まだ準備中の部分もありますが、他にどんな商品があるかすべてご覧いただけますのでどうぞ!


◆ダイビングで得た原点 伊豆、沖縄…自然と文化のつながりに魅了
宮崎 ここで、藤岡さんが起業に行き着く“源流”のようなものを探っていきたいと思うんですが、大学のときに文化とエコロジーをテーマに学びたいと思うようになったきっかけって振り返ってみると何でしたか。

藤岡 私、ダイビングが好きだったんですよ。おじさんがダイビングをやっていたので機材とかは借りられたんですが、高校生の頃は当然あまりお金がないので、ハワイやグアムではなく伊豆の漁村なんかに出かけて潜っていました。今考えてみると、潜っていて色々な鮮やかな魚を見ることよりも、潜っていた時に見た魚が次の日の朝起きるとおばちゃんの手によって味噌汁になっているのを見るほうがワクワクしてましたね(笑)。自然と文化が直につながっている現象っていうんでしょうか、そういうものを見たいがために沖縄にも行ったし、地元で雨水タンクに貯めた水を利用しているというおじさんの存在を聞けば出かけて行ったりというように、自分なりに積極的に行動はしていました。

実は私、最初は旅行の仕事がしたかったんです。旅行といっても、自然と文化のつながりに触れられる旅行ですけどね。それで、旅行の仕事につなげられればという自分の興味の延長線上でエクアドルに行きました。エクアドルは魅力的でしたね。ジャガイモをドサッと持った人がバスに乗り込んできたり、海の波のリズムに合わせて人がダンスを踊っていたりするのを見るとやっぱりワクワクしました。環境運動に対して問題意識があったからとか、勉強したい対象だったからというわけではなく、自然とつながりながら人々がおこす文化を見るのが好きでした。

宮崎 身近な興味だったダイビングを通じて人と自然の関係に興味が移っていたんですね。でも、高校まではあまり環境問題とか意識してなかったとか…。

藤岡 私にとっては、環境問題イコール公害問題でした。自分が空き缶をどう捨てるかではなく、水俣病とか大きな問題だと感じていました。自分とはつながっていないと思っていたし、自分では到底何をしても解決できないことだと思っていました。教科書に出て来るだけの出来事だと…。ですから、大学に入って勉強したいと思ったのは環境ではなくて観光でした。国際学部は海外に関連した科目を勉強できるし、英語もかなりカリキュラムの中に組み込まれていました。一般旅行業務取扱主任者の資格は他で取ればいいかなということで、その勉強も始めようとしてました。

宮崎 では、元々は旅行関係の会社に行こうと考えていて、起業しようなんていう意識は…。

藤岡 全然なかったです。JTBとかに入って、なんて思ってましたから(笑)。実はちょっと就職活動もしたんです。環境系企業の合同説明会でエコツアーをやっている会社の人のところに行って話を聞いたんですが、その人はいきなり「自分はたまたまエコツアーの部署に配属になったからよく分からない」なんて言うんです。その人の思いとその人がそこにいるということが繋がっていないんですね。そうか、と思ってやめてしまいました。

宮崎 まあ、元々エコツアーというのはマスを相手にする大手旅行会社のスタイルには合わないですよね。むしろ、今のビジネスの中でエクアドルへのエコツアーという企画もできると思いますよ。

藤岡 私もそう思います。ナマケモノ倶楽部と関係のある府中にあるカフェスローには、エクアドルなどへのエコツアーをフリーランスの立場で企画している仲間もいます。

宮崎 旅行の仕事は選ばないわけですが、こういう形で起業しようと考えてエクアドルに行ったのか、または行ってみてやろうと思ったんですか。

藤岡 エクアドルに行ったのも、私の中では観光のことを深めるためだったんですが、そこの文化に関心が移っていったように思います。ここまでは何となく自然に。でも、本当にこれを一生かけて仕事にしようと考えたのはちゃんとしたきっかけがありました。


◆ツアコン志望が一転起業へ 私を目覚めさせたエクアドルの現実
宮崎 それは、どんなことでしたか

藤岡 大学3年生の夏に、それまでは行かなかった山奥の村まで行きました。そこがフニン村です。ろうそくだけで電気もない場所で村長さんから話を聞いたんですが、1992年に日系企業の鉱山開発があったということを聞かされました。その前まで握手をして迎えてくれたのに、いきなりそう切り出されました。開発によって川に鉱物が流れ出て、川の水を飲んだ家畜が死んだり子供が皮膚病にかかったそうです。そこで村人全員が集まり、森川を守って生きるために鉱山開発に反対することを決議しました。でも、このことを表現する場所がなかったんですね。村人たちは日系企業にもエクアドル政府にも相手にされなかったので、試掘のために作られたキャンプに人がいない時を見計らってキャンプに火を放ち焼き払いました。

この話を聞いたとき、ものすごくびっくりしました。最初は文化の鮮やかさなどにあこがれて来始めたエクアドルでしたが「ちょっと待てよ」と思ったんです。何でフニン村の人たちはこのような選択ができたんだろうかと。日本でも大きな声が上がらずに壊されていったものってありますよね。ダイビングに行った海の海岸がコンクリートで固められた、なんてこともありました。でも、どのように声を上げたらいいのか分かりませんでした。私はこの村の人に学んで、何故こうした選択ができたのか調べたいと思うようになりました。それまではただ興味だけで行っていましたが、ここで立ち止まってみようと考えました。それで、翌年の夏に3ヶ月間滞在しました。この経験がなかったら、私はたぶん普通に働いて、仲間とたまにエクアドルに行って友達に会ってということをしていたでしょうね。

3ヶ月の滞在期間中、コーヒー生産者の家に住みながらコーヒーが育てられている現場や働く思いを共有させてもらいました。生産者の家庭には26歳の同世代の男の子がいて、彼について出掛けて行きます。まず、森がすごくキレイ!アグロフォレストリー(森林農業)というやり方ですが、コーヒーは森の中に植えられ、バナナやアボガドの間にあって木漏れ日を受けながら育ちます。その森の中で、みんなとっても気持ちよさそうに働いていました。
休憩時間にふと向こう側の山を見ると、焼畑が行われてるんです。彼が言うには、この村には焼畑をする人もまだいるし、木を切り出したり、農薬を使って換金作物を作ることを推し進めている人もいるけど、自分がこの森で作ったコーヒーを日本に輸出したり、この森を海外の人を案内したりすることで、鉱山にNOと言って森で産業を興すことを決めた自分たちの選択がビジネスとして成り立つということを見せれば、周りの大人たちも変わっていくんじゃないかということでした。すごいことを言いながら、でも自分にとって一番気持ちのいい場所で働いてるんですよね、彼は。その姿がとても自然でかっこいいなと思って、まずはそんな彼らとつながって何かしたいなと思いました。

彼の父親はサトウキビの大農園を経営していて、森を切り開いてサトウキビ畑をもっと大きくしたいと思っていたんだそうです。でも、彼は「村人みんなでこういうライフスタイルを選ぼうと決めたんだし、僕たちも違うやり方をしたいのでこの森を残そう」と父親に言いました。これをきっかけにコーヒーを植え始めたそうです。彼の家でコーヒーが育つ時間を一緒に共有できたことで「もう抜けられない。これをやろう!」と強く思いました。

宮崎 エクアドルの環境保護活動と同時に、日本で起業をしてビジネスとして成り立たせることで日本も変えようというという意識もありますか。

藤岡 はい。フニン村では、今でも一ヶ月ごとに新しい鉱山開発の話が浮上しているそうです。日系企業ではありませんが、カナダやチリの会社によるものです。鉱山開発の大元を断ち切るには、やはり私たちのライフスタイルが変わらないと意味がないと思います。地球の反対側で鉱山開発が実際に起きているということを知った時、私はそれまでは自動販売機でジュースを買って飲んだり、時間がないときはちゃんとゴミを分別しなかったりということがありましたが、そういうことが気持ち良くなくなってしまったんです。少しでも多くの人に私と同じように感じてもらいたいし、スローなライフスタイルを広げたいと思い、それで事業の展開としてカフェを選びました。活字ではなく、音楽や雰囲気や味を通して私が最初にエクアドルに行って感じた面白さを伝え、それをドアとしてフニン村のストーリーを知ってもらったり、商品を味わってもらったりできればいいなと思っています。


<後編>
◆まずは味で勝負! 思いを伝える難しさを克服する
宮崎 こうしてお話を聞いていると、学生を終えて起業して、そのビジネスが環境保護につながっていて非常に面白いですね。でも藤岡さんにとって、例えばエクアドルに対する関心をどうやって他の人に伝えていくかって結構難しいと思うんだけど、どう。

藤岡 そうですね、難しいと思った場面には何度も遭遇しました。コーヒーを持っていってまず村のことを語りだしてしまうのはダメで、頑固者の喫茶店のマスターには「まずは味で満足してもらわないとダメだよ」と教えられました。
なので、ビジネスコンペでもまずは事業計画、ではなく、まず音楽をかけてケーキとコーヒーを出します。そうしたら、先日の東京都のコンペで最初の審査員の一言が「コーヒーおいしい!」だったんです。あー伝わった、と思いました。

宮崎 そうなんだよね、結局一般の人に広く伝えようとすると、その背後にあるものは必要なんだけど、それは後から聞かされると余計に「あー、いいんだ」と思ってもらえるんですよ。「こんなにすごいことがいっぱいあるんだよ」と最初に言っても、「じゃあ、物は何なの」となってしまう。で、「これいいね」と言われた時に、この背景には実はこんなことがあるんだよと話すと「なるほどね!」って余計好きになってくれる。難しいよね。

藤岡 はい。でも、だからこそビジネスなのかなと思っていて、ビジネスが一番広く伝えられる手段なのかなと…。

宮崎 環境問題に関心があって実際に植林やごみ拾いなどをしている人っていうのは、どんなコミュニティーであっても全体の1割程度かもしれない。だとすると、残りの9割の人たちにどうやって問題の重要性を伝えるかってけっこう難しい。

藤岡 ホント、そうですね。でも、カフェをやろうということになって分かったのは、それまでは商品を手に取ってくれる人だけがコミュニケーションする人とか巻き込む人だと思っていたんですが、そうではなくて黙って通り過ぎてしまう人たちなんですよね。で、こういう人たちこそ事業をやり始める過程に巻き込める人たちなんじゃないかなと思ったんです。

例えば日本の株式投資額は約70兆円と言われていますが、そこにスローウォーターカフェが事業に必要なコストの証券化を通じて広く投資を募る形で入って行けば、投資に興味のある人を巻き込むことができますよね。また、デザインに長けた人たちが私たちの事業に参加してくれることで、その人自身が持っている価値にも何か影響を与えることができるんじゃないかと思うんです。色々な人を巻き込んでスローなライフスタイルのムーブメントを広げていきたいですね。

実際のお店ができていないので、これから巻き込みたいと思っている人たちをどれだけ巻き込めるかという点で結果をだした訳ではありませんが、これまで事業を始める過程に参加してくれた人たちの質を見ていると、今までNGOでブースを出していた時には来てくれなかったような違う種類の人たちが寄って来てくれています。私は運動家と近しいのでそういう方々から影響を受けてきた面がありますが、あとの3人はあまり運動家っぽいアプローチはしたくないという考えを持っているので、うまくバランスが取れるのではないかと思っています。

宮崎 なるほど。意識の高い1割の人たちって、とかく周りの人を取り込まない傾向があるかもしれません。「私たちは別です」というような感じで。こちらとしては、楽しむことを否定されるような感覚を持ってしまうんだよね。そうではなくて、普通の感覚で今より少し良いことをするという形が広がるといいなと思うんです。環境問題に興味ない人たちにもアプローチするという側面と同時に、いわゆる意識の高い人たちのこれまでの急激で強引なやり方の対極にある方法を取ろうとしている点も、4人で起業した意義だと思いますよ。


◆人とのつながり、エクアドルの残像… これが私の仕事の支え
宮崎 学生の時分は何かと気楽だということはあるかもしれませんが、NGO活動をする中で何か苦労とか壁を感じたりすることはありましたか。

藤岡 学生時代にやったことを通じて、世の中の仕組みが分かったという部分はあります。何でも効率が良くて利益が上がらないといけないとか、速さと効率に乗らないものはダメだとかありますよね。通っていた大学の生協にエクアドルのコーヒーを入れようとした時、大資本のメーカーは店舗用のコーヒーメーカーを入れることによってそれができたんですが、私たちはダメでした。 また、カフェスローを開業する際にマグカップなどを買いに行くんですが、個人営業のカフェだと合羽橋に行ってもそんなに安くならないんです。そういう商談は、企業対企業で会議室の中で行われているんですね。そういうことも分かりました。輸入業務もみんな普通は代理店に頼むので、仕組みがすごく複雑です。個人ではやりにくいですね。

あと、これは卒業して身分が変わった時に思ったんですが、まず自分が食べていくためにやることと、自分が今やるべきこととをどうつなげていくか悩みました。結局、有機・無農薬コーヒーを輸入している(株)ウィンドファーム(福岡県遠賀郡水巻町 http://www.windfarm.co.jp/ )で1年間、契約社員としてコーヒーの焙煎を覚えながら自分の食べる分を稼がせてもらっています。

宮崎 でも会社を作ると、これからはこれだけで暮らしていかなくちゃならないよね。

藤岡 はい。その覚悟はあるんですが、社員4人の給料はいつになったら出せるのかということです。今はぜったい無理なので、一人3日半をスローウォーターカフェに費やして、あとの3日間は自分の食べる分をどうにか確保しようということにしています。これで、どこまで事業を広げていけるかチャレンジしている状態です。まずは1年でカフェを開いて、5年間で事業全体を軌道に乗せようと話し合っています。

宮崎 そうか、これからだね。

藤岡 はい、まだまだ「天職」なんて言えないかも(笑)

宮崎 でも、5年後にもう一度インタビューしたら面白いかもしれない(笑)。ところで、他の仕事をしていないから「天職」というのが分からないかもしれないけど、普通に企業に就職しようと思っていた頃と起業しようと考えるようになって今に至っている状態とを比べて、仕事というものに対する考えって変わりましたか。

藤岡 私の場合、思いだけが先行して事業計画も書けなければ経理もできないというように何も能力がなかったんですが、最近は能力がない分周りの方にサポートしていただいたり、つながりを持ちながら何かをやってくれたりする人たちがいて事業が成り立っているということをすごく実感できるんです。これまでは、能力が足りないということは嘆くべきことだと思っていたけど、今はその分誰かとつながってやれるところがビジネスの楽しいところなんだなあと思うようになりました。これが一つ。

  それから、コーヒー豆をどれだけ輸入して自分たちが稼ぐためにどれだけやっていかなければならないのかということをチャートにして見ると、かなりあり得ない「えっ」と思うような数字が出たりするんです。でも、他との差別化という意味では、コーヒーがどのようにして育つかを自分の目で見て、加工もして、パック詰めもして売り歩いて、輸入業務も含めて全ての過程を知っているという強みがあります。フニン村で過ごして、生産者の人たちがどのような人たちかも会って知っているという強みをどうやって価値に変えていくかが、私たちの事業が成功するかのカギだと思っています。

でも、それに関しては私の一番得意とするところだと思うんです。今までこれだけの体験をさせてもらっている人は他にはいないし、自分の中にすべての経験が残像としてあるので「私にしかできないんじゃないか」と思えるんです。技術ではありませんが残像を持っているのは私だけなので、何としてもやってやろうという意識はあります。今、雑誌の編集長の方なんかに会いに行って説明させていただいたりという努力はしていて、やろうと思ったことが形になっている実感が一方ではあります。


◆同じ価値観を共有する人を結ぶ仕掛けづくり カフェ出店への道
宮崎 成功するには諦めないということなんだけど、もしかすると「もうダメだ」と思うときが来るかも知れない。それをどう乗り切るか、それは情熱とか志、私がやらなければ誰がやるという天命のような意識をどれだけ強く持てるかで決まると思いますが、その条件は藤岡さんにはあると思うよ。

藤岡 ありがとうございます。実は先日、コーヒーの発送作業を手伝ってもらうために集めた学生たちに、同時にコーヒーとケーキを食べてもらって感想を言うマーケティング調査の対象になってもらったんです。これってフニン村で学んだことです。村では誰かの畑で収穫の人手が足りないと他の人たちがみんなで手伝うんですが、この時にもらえるのはお金ではなくみんなと働く楽しさだったりおいしい食事をいただいたりということなんですよね。これをスローウォーターカフェの文化にしていきたいと考えています。お金のかかることはできないけど、関心を持ってもらえる楽しいことを提供して最初にお客さんになってもらえるようなコミュニケーションを取っていきたいです。

宮崎 なるほど、それは同じ価値観を共有する人々のコミュニティーを作るということともつながるかもしれないね。例えば、膨大な広告費をかけて宣伝する普通のマンションではなく環境共生住宅やコーポラティブ・ハウスのほうに関心があるという人たちは、きっと食べるものに関しても藤岡さんたちのコーヒーのように出所が分かっている有機・無農薬なものを選ぶと思う。こういうサービスや商品をまとめてサイトなんかにできないかな、なんて実は私たち考えてるんですよ。

藤岡 あ~面白そう、私たちも入りたい(笑)!

宮崎 志向性が同じ人って選ぶ商品やサービスも似てるんじゃないかと思うんですね。例えば、私たちはコーヒーだけ飲んで生きていける訳じゃなくて、食べなきゃいけないし、着なくちゃいけないし、住まなきゃいけない。基本的な生活観が近い人たちに対して、生まれてから死ぬまでの人生の局面で必要となる商品やサービスをこちらで目利きをして情報として提示すれば、惑わされやすい情報が溢れる中でも間違った選択をできるだけせずに済むんじゃないかなと思うの。似た選択をする人たちに同じ場に集ってもらうサイトっていうのかな…。

藤岡 先に予測してサイト上にコミュニティーを作るってことですか。

宮崎 そうそう。何でこういうことをやりたいかという理由はいろいろあるけど、まずは無駄な広告をやめたいんだよね。新聞なんかに広告を流すのは砂漠に水を注ぐようなもので、ほとんどが吸い取られてわずかしか残らない。いらない人にとってはホントにいらない情報だよね。だとしたら紙面も時間もお金も無駄で、そういう無駄はやめたい。だから、将来的にさっき言ったようなサイトとか雑誌なんかできるといいなと思ってるの。

藤岡 そうなんですか! 先日の「きゃりあ・ぷれす」の読者アンケート結果号を拝見して、実は私たちスローウォーターカフェが価値を提供したいと考えている人たちにちょっと近いなって感じたんです。私たちは、自分たちよりも少し上の世代の忙しく働いている人たちをターゲットにしてやっていきたいなと思っています。

宮崎 さて、今はCafe出店に向けてどのような準備をしているんですか。川沿いにCafeを出したいそうだけど、何かこだわりがあるの。

藤岡 やはり、フニン村の人たちの選択に学びたいということです。村の人たちはご飯を炊く水を取りに行くにも、水浴びをしに行くにも川に集まって来るんですよ。村人たちの生活の中心、体の中心に川があるような感覚で、一本の川を分け合ってるんです。だからこそ、鉱山開発の影響で川が汚れた時にNoと言えたんだろうと思ってます。私たちも、東京のど真ん中でみんなが自然に集まれて、なおかつ楽しい場所として、普段はあまりまじまじと見ない東京の川沿いにお店を作りたかったんです。

物件は現在探している最中です。条件の優先順位は(1)忙しい人たちが大勢いるオフィスや商業地の近く(2)住宅地の近く(3)学校の近く─で、広さは20坪以上で30席以上作れること、家賃は20万円前後です。

証券化のスキームは現在準備中です。あと、先ほどから言っている多くの人を巻き込む方法として「アミーゴ制度」というのを作りました。アミーゴはスペイン語で友達という意味です。実際に事業を始めると必要になる日々の資金を確保するという意味で2000円と1万円の2コースを設けています。
毎月異なる焙煎度合いのコーヒーと季節に合わせたフェアトレード商品をお届けするものです。1万円コースの方は、私たちへの応援という意味も込めて参加していただけたらと思っています。なので、こちらからはカフェの進ちょく状況を手製のはがきや新聞でお知らせしますし、スローウォーターカフェの名刺もお渡しします。大きな金額を支払ってくれる人たちなので、商品やサービスなどについて色々と意見を言っていただき、一緒にカフェをオープンしたいと思っています。彼らは会社にとって小さな株主のような存在で、これも一つの投資スキームだと考えています。最終的な形としてのカフェがどうなるかということだけではなく、そこに至るまでの過程にもオリジナリティーを出していきたいなと思っていて、最近、父が勤める外資系企業の株主総会のビデオを見て勉強してるんです。外資系の株主総会ってパフォーマンスがあったりして、つまり株主にいかにして投資を続けてもらうかという点を工夫してるんですよね。そんなところを取り入れられたらと思っています。


◆転機を価値観に変えるには
 「将来を決めつけない」「自己評価を高める」「やりたいことは言う」

宮崎 そろそろ最後の話題になります。学生の皆さんは今ちょうど就職活動の真っ最中ですが、藤岡さんは当時就職活動にはどんな思いで臨んでいましたか。

藤岡 本気で就職しようかどうかどこまで考えていたか分かりませんが、周りがやっていたので私も…という気持ちはありましたね。私、競争心が強いところがあるので(笑)。でも、みんなが同じ時期に同じようにスーツ着て同じ場所にいるっていうことには違和感を持ちました。また、自分の好きなスタイルで自分の暮らしや働き方をデザインできるという意味で、私はフリーターの生き方を否定しません。そういう気もあったので、皆と同じ時期に就職しなくても不安を感じませんでした。あと私の場合、皆が就職活動を一生懸命やっていた夏の3ヶ月間に意識的にエクアドルに行きました。今仕事を見つけるよりも、自分がどんな人間かを見つけるほうが大切だと思ったんです。

宮崎 今回起業した仲間3人は全員女性なんだけど、今の学生の間では就職しないという選択で男性と女性との間の違いってあるのかしら。

藤岡 絶対あると思いますね。男の子のほうが、自分もそうだし家庭もそうですが、社会通念のようなものと思いっきりつながってしまっているので可愛そうです。就職活動の時期になると元気がなくなる。ゼミの選択もそうでしたね。私のゼミは女性と男性の比率が5対1でした。毎年少ないんですけどね。男の子は経済系のゼミに行かないと就職に響くとか言って…。

宮崎 社会に出るのに元気がなくなるなんて、おかしな話だね。藤岡さんたちはこれからビジネスをやろうとしているけど、万が一失敗しても、その経験は絶対後につながるはずだから大丈夫ですよ。まあ、成功するまでやればそもそも大丈夫だけどね(笑)。最後に。藤岡さんのように海外で日本の日常とは異なる世界を目にした経験のある人って以前に比べたら増えていると思います。情報も色々な形で手にしやすくなっているし。でも、そうしたきっかけが転機に結びつかなくて、やりたいことが見つからないとか、どういう仕事したらいのかということで迷っている人が少なくありません。
藤岡さんの場合はエクアドルでの衝撃が起業への思いにつながったけど、そうした転機をやりたい仕事や自分の価値観にうまく乗せていく秘訣のようなものってあると思いますか。

藤岡 最近よく考えるのは、今の社会はそれぞれの人にとっての転機をやりたい仕事に反映させることを許さないところがあるんじゃないかということです。私の場合、ダイビングを通して得た自然と文化のつながりという感覚をずっと持っていたわけではなくて、エクアドルの森でコーヒー生産者たちと過ごした残像を信じてやってみようと思った時点からこれまで抱いていた思いがすーっとつながり出したんです。自分が今やりたい、興味がある、ということを追求し、自分が将来やっていくことはこれだけだ、と決めすぎないことが秘訣かもしれませんね。
      
それから私の場合、自分が実際に持っている能力よりも自己評価が高いと思ってます。もう少し自分への評価を高めたほうがいいのではないでしょうか。やれないと最初から思うのではなくて、とことん調べてみるとか行動に移すということはやってきました。その時楽しいと感じることをとことんやっていれば、たとえその仕事がオンリーワンの仕事じゃなくても絶対後になって残ると思います。

あと、やりたいと思っていることを人に言うことですかね。たとえ根拠がなくても(笑)。そうすると、自分にとってのロールモデルが自然に現れるんです。そして、そのような人たちに今までの思いを伝えると、共感してもらえて一緒に色々なことができるんです。そんなところでしょうか。ただ、私の場合の課題はもちろん、事業を自分が今日食べることにつなげられるかということです、ハイ(笑)。

宮崎 やりたいことが見つからないというのは、やりたいことを一つに決めようとすることから起きるんじゃないかなと思いますね。とりあえずやってみよう、というのもいいんじゃないかと。

藤岡 そうですよね。何もゴールを見つけるために仕事をやるわけじゃないですもんね。自分探しの過程に1つ仕事があるんだと思います。

宮崎 そうそう。結果として何かが生まれてくるし、後から見ると今までのことがすべてつながっている─。ということでいいんですよ。あと、例えば藤岡さんの場合はまだ自宅で暮らせるとか、人それぞれ持っているラッキーな部分ってあると思うんだけど、それを否定しないことも大切だと思うよ。否定してつまらないことをやっていてもしょうがない。「ラッキーは使っちゃえ!」ってことね。それで面白いことが出来れば、きっと社会のためにもなると思いますよ。頑張ってください。(了)