きゃりあ・ぷれす

天職を探せ
様々に悩み、考え、挑戦して、
今『天職』と言えるものを見つけてがんばっている人、
見つけつつある人と発行人宮崎との対談。
天職を見つけた結果よりもそこに至る思考の変遷や
キャリアの蓄積などの経緯にスポットを当てています。
それが、今、様々に悩んだり迷ったりしている方に
少しでも役立てば幸いです。
株式会社アイエスエフネット 代表取締役 渡邉 幸義さん
第19回 雇用のためにビジネスを創る
「5大採用」を掲げ、働く環境の創造に取り組む株式会社アイエスエフネット社長の渡邉幸義さん。5大採用とは「シニア、時間等に制約のある方、障がいのある方、フリーター、引きこもりになっている方」といった、働くことに制限のある方々に対して、安心して働ける環境を創造し提供する取り組みです。一人でも多くの方に「働くことの喜び」や「生きがい」を見出していただきたいという願いがこめられているそうです。
障がい者雇用を目的とした、「株式会社アイエスエフネットハーモニー」、在宅勤務をベースとし時間等に制約のある方の雇用を目的とした、「株式会社アイエスエフネットケア」を相次いで設立され、(以下株式会社省略)アイエスエフネットハーモニーは創業2年目で黒字転換し、注目を集めました。
女性の新しい働き方として、家庭で育児や介護を担っているなどでなかなか就労の機会や場がない人たちに「時短型在宅勤務の提供」をするということを考えているのですがどう思われますか?と、アイエスエフネットケアのスタッフの方が『きゃりあ・ぷれす』にお話をしに来てくださったことがきっかけとなり、代表の渡邉さんにお会いすることになりました。
未曽有の就職難が言われている現在、新規雇用もままならない、あるいはリストラ敢行という企業ばかりのなかで、雇用を創出する企業とはどんな会社なのか。新しい価値観のもとに気持ちのいい働き方を作りだし、人を大切にすることは『きゃりあ・ぷれす』が模索することでもあります。


代表取締役 渡邉 幸義(ワタナベ ユキヨシ)
1963年7月9日生まれ 静岡県沼津市出身
【プロフィール】
1986年3月 武蔵工業大学 機械工業科卒業
1986年4月 日本ディジタルイクイップメント株式会社 入社
2000年1月 株式会社 アイエスエフネット 代表取締役就任
2008年7月 著書 『未来ノート』で道は開ける! 出版
現在に至る
■未経験者を採用して成功した事業モデル
宮崎 ITビジネスで成功された社長が、働きにくい状況にある人たちに、働きやすい環境を創っていこうとされていると思いますが、それはどういう経緯でそうなったのでしょうか?

渡邉 
ある専門学校では障がいの有無を問わず学生を受け入れています。私たちの会社でもその学校の卒業生を何人か採用しています。先日そちらで講演をしたのですが、その学校の学生から同じ質問をされました。「社長は何でわたしたちを採用してくれるのですか?」私は答えに窮しました。それは、自分でも理由がわからなかったからです。いろいろ考えてみてもわからない。それで、その女子学生に質問しました。「好きな食べ物は何?」私はカレーライスとかを想定していたのですが「ブロッコリー」と返事が返ってきてちょっとひいたのですけど(笑)。それで「何で好きなの?」と聞いてみると、「わかりません」という。私の回答はまさしくそれだったのです。
おとといですが、私のところに17年間引きこもっている人を雇用してほしいと頼んできた人がいました。ほとんど不可能なことです。でもそれをなんとかやってあげたいという気持ちというのが、やっぱりすごく起きるのです。その親御さんは、たぶん絶望の淵にあって何とかしてほしいと思っていらっしゃるのですね。我々がその雇用を創っていけたら、というのが自分のやりがいなのです。難しければ難しいほどやりがいがある。グループ会社にアイエスエフネットハーモニーという会社がありますが、そこで重度障がいの方を雇用しますよと言ったときに、ほとんどの人が失敗すると。でも、結果として今、本体より収益率が高いのです。給与は13万円払っています。重度の障がいの方を雇用して、13万円を払って利益を出している。このような会社は稀です。

宮崎 平均的な賃金はいくらなのですか?

渡邉 11万円か12万円くらいです。ただ、赤字経営の企業が多いです。うちで働いている障がい者の社員は、以前は授産施設にいて、ひと月1万円か2万円しかもらっていなかったのです。それが、我々の会社に来て、働いて給料を得るようになり、親御さんも時間ができるので自分自身も働けるようになる。そうして得たお金を蓄積していくことができる。お子さんの将来の糧ですよね。それが今まではできなかった。利益があれば継続性があります。
継続性があればそういう人たちをたくさん雇えるわけです。法定雇用率(※注1)は1.8%ですが、うちは年末までに2%に達します。さらに、新しいプロジェクトで、2千人まで増やそうとしています。
そんな具合で、難しければ難しいほどやる気になるのです。ただ、何のためにと問われると、法定雇用率のためなどではない。やりたいからなのです。

宮崎 引きこもりの方に出会ったのがきっかけなのですか?

渡邉
 創業したときから未経験者を採用しています。IT業界は経験者でないと難しいといわれていたときから、99%未経験者を雇っているのです。そして、よその企業に派遣社員として送り出しているのです。うちは経験ゼロの人間を採用します。その中には元フリーターやニートの社員がいます。ヤンキーだった社員もいます。その社員たちが教育を受けて、うちの会社で正社員になる社員と、あとは大手の一部上場企業に転籍する社員もいます。そうすると親御さんは赤飯を炊くわけですよ。優秀な大学に入ってもIT系の一部上場企業には入れませんから。それが、この間までレストランで皿洗いしていた人が一部上場企業に入っているわけですから。そういう事業をやっているのです。(いわゆる派遣とは)まったく真逆です。
ただ、形態としてゼロスキルの社員でまずやろうと思ったら、教育してスキルをつけながら派遣をして、また教育してスキルをつける。その繰り返しをやっていかないとやっぱり難しいのです。この社員たちを教育するのに3年もかけて教育費用を払うだけなら、事業としては成り立たない。国の助成金だったらできますが。そこが、我々の最初のモデルです。このモデルがうまくいったのです。ものすごくうまくいった。なぜこのモデルがうまくいくのだろうというのがよくわからなかったのですが、ただ、社会に役立つものはモデルとして成り立つのだという確信がありました。これが今は、社会企業家というらしいです。
ソーシャルエンタープライズというのは、資本主義とは全く別にあって、論理的には説明がつかないのです。バングラデシュのグラミン銀行のように無担保で貧困層にお金を貸して、98.8%の返済率があるなんてありえないじゃないですか。でも、そんなことを性善説でしてみたらうまくいきました。そして、2番目に障がい者の雇用をトライしてみましょうとやったらうまくいった。次は、介護とか育児をしている人を在宅で雇用させていただく。最後は引きこもりの方々(の雇用)です。これは一番難しい。就労したくない人たちですからね。難しければ難しいほど、普通のやり方では達成できない。いわゆる視点(やり方)を変えなければ、達成できないということです。

■雇用とは、働く人同士が学びあい、やりがいを感じあえる場の提供
宮崎 雇用を創造していくことは大きなテーマだと思うのですが、一番最初から持たれていたテーマだったのですか?

渡邉 そうです。最初からです。

宮崎 雇用がテーマというのは意外にないですよね。結果的にそうなることはあっても。雇用のために仕事を作るという・・・。雇用が目的なのですか?

渡邉  雇用が目的です。たまたまITで、しかもネットワークだったのですごく市場があった。目標は6万人です、まだ1,600人しか採用できていないけれども。ITは手段ですから、これからはIT以外もやります。農業も、ファッションもやろうと思っています。雇用を創るためにできることは全部やろうと思っています。

宮崎 雇用を目的にされている理由は何でしょう。理由はないとおっしゃった気もしますが。

渡邉 まあ、やりがいですね、あと、感謝と。最初はつらいです。変革をするときは批難をされますが、どんどんそれが理解されて、物事として成り立ったときの達成感。これが最高にいいですね。やる側はつらいですよ。山をひとつ乗り越え、ふたつ乗り越え、三つめの山にきていますが、ここまできたら私はもう行けるかなと思っているのです。これを、今度はみんなと共有したい。今、すごく忙しいですがまったく疲れないのですよ。楽しくてしょうがいない。外からみたら、かわいそうだとか、働き過ぎだとか、未来ノート(※注2)を書きすぎて腱鞘炎にならないのかとか、いろいろ言われますが、楽しいんですよ。健康状態もどんどんよくなっていくし。そういったものをみんなと共有したいと思っています。

宮崎 これから目指す社会はどういうふうにイメージされていますか?

渡邉 そうですね。私はホテルをイメージしています。先日インドに行ったのですが、飛行機を降りるとすごく汚いので、ほんとにいやな気持ちになりました。トイレに行ってもゴミだらけだし。インドが汚いと言うと、それは偏見だと怒られるかもしれないけれど、私は汚いのは嫌なのです。でも、ホテルに行ったら嫌な気分はなくなりました。きれいですから。そういうところを会社の中で目指したい。アイエスエフネットにお客様がいらしたら、挨拶もちゃんとされるし、まあ、今日(挨拶を)社員がしかたどうかわかりませんが(笑)。弊社の雰囲気を淀んでいるとか暗いとかよりも、この空間に来たらみんなやりがいがあって、守ってもらえると感じてもらえる。そういうのが雇用だと思っています。実際、雇用とはただ創ればいいものではないのです。「採ってやった」「雇用してやっている」と思っているとしたら、これは雇用とは呼ばない。今のように、法定雇用率1.8%を守るために雇用すると偏見が生まれます。雇ってやっているのだから、と。でも、我々の雇用は全く意味が違います。どちらかというと私にとって法定雇用率は関係ないですから。障がい者の方に喜んでもらって、働いている健常者も一緒に働くことによって学ぶ部分があって、会社が明るくなっていく。それが雇用だと思っています。そこを目指しています。

宮崎 そうすると雇用という言い方よりも、働くっていうことですね。働く場を提供する。働くとはその人の人間性や、存在理由を表現するということで、そういう場を創造するのが目的ですね。

渡邉 そうなのです。私はかまうという言葉を使っていますが、お互いにかまい合いたい。気にかけたいのです。その人の存在にかまいたいのです。今、そういうのがなくなっているから不安から病気が生まれるのです。その人をかまって気にしたい。たまにはそこでもめるかもしれないし、ぶつかりあうかもしれないけれど、でもその人のことを思っていれば必ずそれはいい方向になると思うのです。そういう環境作りを会社の中でしていきたい。

■ビジネスとは、お金を出してでもその価値観のものがほしいと言われるものを提供すること
宮崎 そういう想いの方は他にもいらっしゃるでしょうが、そういう人は福祉のほうに行くように思います、普通の流れだと。それをビジネスにしたと。ビジネスの流れの中にそれを取りこんでいくところが、ちょっと違うのかと。一般的にはそういうかわいそうな人、それも思い違いでかわいそうじゃないのでしょうが、その、かわいそうな人を助けたい、ということじゃないのですよね。

渡邉
 私はいい雰囲気を作りたいのですけど、甘やかしたくはないです。社員がこの会社を辞めたとしても他でしっかり生きていけるようにしてあげたいと思っています。正しい生き方ができるようになり、生涯周りに友人がいる人を、育てていきたいのです。ビジネスはお金を稼ぐという感覚ではないのです。ビジネスというのは相手をかまって、相手がお金を出してもその価値観のものが欲しいというものを提供することなのです。それは相手をかまわないとできないことです。だから相手の立場になってものを考える集団があれば必ず需要ができます。それを事業化していくだけです。我々のアイエスエフネットハーモニーが何で黒字化したのかとよく言われますが、そんなに難しいことではなくて、お客様にアイエスエフネットハーモニーのファンがたくさんいらっしゃるからです。月に1回の説明会にいらっしゃるとみんなファンになります。まず、アイエスエフネットハーモニーが明るいのです。そして、その私どもの事業にお客様が貢献したいと考えてくださる。逆に私は甘やかさないでくださいと言っています。仕事を出すときも厳しいことを言ってくださいとお願いしています。それで何度もやりとりをしているうちに上手くなっていく。それがいい循環になって事業として成り立っていくのです。福祉になると、どこかからお金が来るので、いい雰囲気にはなるけれども、慣れ合いみたいな部分のほうが大きいのかなと思います。

宮崎 そうですね。切磋琢磨する雰囲気ではないですよね。

■仕事では結果よりプロセスを重視
渡邉 うちは厳しいです。かまいますけど、厳しいです。その適度な厳しさというのがものすごくいいと思います。

宮崎 その適度な厳しさというのはどこで判断するのでしょうか。人によっては厳しすぎるなと思う人や、一般的にはこんな苦労しなくてもいいと思う人もいるのかな、と。普通だったらみんな同じような健常者を雇って、だいたいできる人だけを採用して、だめな人を排除すると。そのほうが楽できるし一般的なのでは? 競争社会だから競争に勝つ人は勝つ、負ける人は負けて終わり。それがビジネスだというのが普通の発想だと思うのですが。競争は必要ですよね?ビジネスだから。

渡邉 そうですね。競争は必要です。

宮崎 あるとき負けた人を負けた人として排除しない。もう一度敗者復活戦かどうかわかりませんがそれをやる、っていうことでしょうか?

渡邉
 競争ではなく、プロセス重視です。競争は闘って負けたらその人終わりじゃないですか。うちは家族と同じです。会社だけどお父さん(社長)がいて、奥さん、長男、二男、三男(社員)がいる。まず、お父さんが働きますよね。次に子どもが働き始めてでも一人が病気になってしまった。そうしたら、その子どもの分を親である私と兄弟(社員)が助け合いますよね。ほっとかないですよ。勝ち負けはうちにはないのです。ただし、怠惰はだめです。子ども(社員)の能力は我々がチェックしています。その子(社員)が本当に一生懸命にやっているとしたら、何度でも叱ります。何度でもかまいます。なぜかというと期待しているから。それは必ず伝わります。そしてよくなっていきます。例えば遅刻を1年間に10回する人が8回になったら、それでいいと思っています。そういうことをみんなで助けていきましょうよ、と。この会社のしくみはそこです。プロセスというのは意志によるのです。その意志を高めていくのを皆でやる。うちは100%できている社員がいるわけじゃなくて、みんなで助け合いましょう、と。私は社員の父親役ですから、放置しませんよ。ダメだと思ったら言いますよ。どれだけたってもよくならないということは無視しているということです。私はそういう考えでやっています。この会社に入ろうとする目的を入社の時に明確に聞いて、それが合っていればずっとこの会社で働き続けられる。ちなみに管理職以上はほとんど辞めていないです。あと、女性社員もほとんど辞めないです。長くいればいるほど辞めないです。そこは自信があります。ただ、入ってすぐは厳しいですから辞めてしまう社員はいます。

宮崎 自分に厳しくできない人は長くはいられないわけですね。能力の限界まで、あるいはちょっと先まででもやる気がない人は困るわけですね。

渡邉 能力というよりは意識です。やる気がない人は言ってもだめじゃないですか。たまに気が抜けちゃうのは仕方ないです。また、やろうという気になってくれればいいです。人間、そんなにずっと頑張り続けられない。

■社員のやる気を引き出す方法とは、社員同士がお互いに関心を持つこと
宮崎 今まで経験のない人を仕事ができるまでにする教育システムですね。仕事に関わることもそうだし、気持ちのこともそうだし。教育がこの会社のノウハウの素晴らしいところですね。

渡邉 私は絶対に諦めるなと言っています。百回言えと言っています。最近、やる気はあるがマナーが出来ていない社員が入ってきて(笑)、その社員には百回位言わなきゃだめなのです。でもやっぱり百回言い続けると直ります。直るということは改善できるのです。ただ、その百回が普通は面倒臭い。

宮崎 百回言う人のほうが大変なのですね。

渡邉 自分の部下だったら百回言うのは面倒臭いでしょ。百回言う前にあきらめてしまうと思うのです。でも、親だったら、子どもが遅刻していたら百回ではあきらめないでしょう。

宮崎 経営者が親と違うと思うのは、親は自分の子どもだからどうしようもないですよね。

渡邉 うちもそうですよ。入社の時に子どもと同じだからと言っています。そして、管理職には800人部下がいたら800通りの方法で接しなさいと言っています。

宮崎 会社というより学校のようですね。

渡邉 そうですね。私が最初に就職した会社は外資系の会社でした。外資系の会社では途中で病んでいく人がいます。なんで病んでいくかというと、無関心なのですね、周りが。マザー・テレサも言っていましたよね、愛情の反意語は無関心だと。

宮崎 ああ。はい、そうですね。虐待よりも無関心のほうが厳しいですね。

渡邉
 鬱病の一因は無関心なのですよ。我々のメンバーに鬱病から戻ってきた人がいるのですが、会社に来られるようになってきました。なぜかというと、今、私たちみんなでかまっているからです、徹底して。「お、来た!」とか「お~!」とか。そうすると、彼には彼が会社に来ることでみんなに喜ばれるという意識が芽生えてくる。鬱病は精神的な病ですが、精神がいやされると肉体もいやされていくのですよ。ちょっとずつですけど。だから、この会社でかまいたい。かまう。面倒くさいと思うじゃないですか。その面倒くさいを今度は目標に変えていくのです。一日何人かまえるか、何通メールを送れるか。もう、跳び箱みたいなものですね。何段跳べるか、みたいな。そういう風に自分で目標に変えていく。それが段々習慣になっていくのです。私は、全社員に百回はできませんが、全社員をバランスよくかまうことはできていると思います。起きている時間、ほとんどそのようなことをやっていますから。

宮崎 社長にとってはそういう風に仕事をされていて、私生活でも同じようにされているのですか?

渡邉 そうです。自分の人生の中の一つ目的が家族とのコミュニケーションですから、家族のこともかまいまくりです。

宮崎 ご自身はどなたかにかまってもらっていますか?

渡邉 かまってもらってないです(笑)

宮崎 かまってもらいたいとは思わないのですか?

渡邉 思います。でも、かまってもらえる時間がないです。だから、仕方がないです。自分が(自分の)エネルギー源だと思っていますから。

宮崎 そのエネルギーはどこから湧いてくるのですか?

渡邉 よくわからないのです。でも、朝起きたらものすごいエネルギーなのですよ。夜寝るときはクタクタになっています。ベッドに入って本を読もうと思うのですが、1ページも読まないうちに眠ってしまいます。

■会社の軸は人に対する思いやり
宮崎 なるほど。昔の企業というのはけっこうそういう大家族のようだったのかもしれません。終身雇用だし、最後まで面倒みましょう、という感じの。それが崩れたというか、いわゆるグローバル化という競争社会の中で、かなりがたがたに崩れてしまっていて、本家本元のアメリカのビジネスマン達も決して幸せじゃない。じゃあ、幸せっていったい何ってことですよね。例えば、金融機関のエリートがビジネスをして何億もお金を儲けたとしても、反対に落ちこぼれてしまった人も、みんな幸せじゃない。お金で幸せは買えないのでしょうから。それでも昔の企業に戻るわけではないですよね。新たな、第三の企業文化というか。

渡邉 いわゆるカンファタブル(心地よい)な状態を作りたい。人から意識してもらったら来たくなりますよね。そういう環境を作りたい。今たぶん、若い人もそういう環境を求めているのではないでしょうか。人と関わってボランティアをやったら気持ちがよかったとか、すっきりしましたとか、ほとんどの人が思っているのですよ。普通だと恥ずかしいと思ってやらないじゃないですか。でも、みんなでやって気持ちよかったと思う。また、月に1回アイエスエフネットハーモニー(障がい者雇用の会社)にみんなで行ってお昼を一緒に食べて語ったりするわけですが、その時にほのぼのするわけですね。そんな場の提供をたくさんしたいと思っています。

宮崎 会社というのは一つのワールドで、そこにいる人にはみんな気持ちよくいてほしい。それが広がっていけば、結果として社会はよくなっていく、と。

渡邉 そうです、来て幸せを感じるような会社づくり。その軸をぶらさないように倫理を大切にしています。うちの会社でもう一つびっくりされるのは、うちには韓国人、中国人を含めて10カ国以上の人がいますが、ほとんど問題が起こりません。それは、倫理という軸でやっているからです。

宮崎 倫理観は同じですか?

渡邉 挨拶しようとか、きれいにしようということだとみんな共通だと思います。汚いままでいいよという人はあまりいません。人に対する思いやりというのは共通な部分であって、それを軸にしてやっています。でも、たまにそういうのは厳しすぎるという人もいます。でも、10年間会社をやっていてどういうことに気がついたかと言うと、そういう人は状況がいい時に不平不満を言うのです。人間って10年の間に絶対に病気になったり人に裏切られたりする。いわゆる状況の悪い時がある。その時に気がつくのですよ。そこから人が変わります。面白いことに一回意識が変わると、ずっとそのままです。

宮崎 その変わるところが醍醐味でしょうか?気持ちよく働くというときに、みんなが最初から出来のいい人だったら出来るのは当たり前というか。ちょっと難しい人が変わるのが醍醐味ですよね。

渡邉
 そうですね。会社って一つの器じゃないですか。この中で幸せ感を持つ。でもそれでも辞めてしまう人はいる。辞めた時に悪くなってほしくないのです。悪くなる辞め方をさせた上司は厳しく叱ります。きちんと100回言ったのか、と。だから、私のところから成長して巣立つ人間はうまく行っています。何を言っても上げ足をとったり、人の言うことをきかなかった人が、お母さんの病気などをきっかけに変わる。すると周りから評価されるじゃないですか。辞めても、その先でも評価される。それはうれしいですよね。

宮崎 今まで終身雇用と言っていた大企業がどんどん社員を切って、中を派遣にしたりしていますが、御社のやり方をちゃんと学んだり持ち込んだりすれば、そういう終身雇用みたいな状況はどんな業界でもできるのでしょうか?

渡邉 できますね。人間は年を取って効率が落ちるのですが、だめな企業は自己啓発をさせない。でも、給料は上げるという悪循環をする。これは企業の仕組み上はわかります。でも、私はそういうことはさせない。うちの会社では厳しい自己啓発を導入しています。そして、年齢を重ねた尊敬できる方々に顧問をお願いしています。ある人は65歳で我々の2倍位体力がある。ある人は80歳で私よりはるかに知識があり、5ヶ国語が話せる。それは、鍛練でそこまで行けるわけです。だから、当然賃金を払えるし、終身雇用ができる。ということは終身雇用=その人の自己啓発のプロセスをちゃんとウオッチするという責任が会社にあるのです。終身雇用やります、でもあなた方は自己啓発を自分でやりなさい、それじゃ難しいですよ。人間そんな簡単じゃないから。そのためには自己啓発をやり、目標を達成できる人が社員を引っ張っていかないとだめです。だから、うちの会社は自己啓発をやる人間しか上にあがれません。ものすごく厳しい自己啓発が彼らには課されています。

宮崎 それでは、そのシステムを本気になってやり続ける人がいない限りそれはできない。だから他の会社ではなかなかできないのですね。

渡邉 ある管理職はうちの会社に来て5年になりますが、5年前より今のほうが確実に伸びています。ビジネス上の知識にしても、判断力にしても、部下からの信頼にしても5年前より今のほうがあると思います。あと、もう一つ、家庭がうまくいきます。かまうということは相手の情報を知るということですから。例えばお父さんの誕生日、お母さんの誕生日とか結婚記念日とか、何個言える?と聞くと10個言える人がいないのですよ。それって相手をかまっていることにならないのです。

宮崎 関心がない、と。

渡邉 そう、関心がないのですよ。どんな小さいことでもいい。今日髪型変ったね、とかちょっとしたことでも気づいてあげる。

宮崎 働く場をすごくよくしていくこと、たくさんの人をそういう場に入ってもらおうとすることが目的でいらっしゃるのですが、いつ位からそういう風に思われたのですか?

渡邉 昔からですね。私は中学、高校では剣道部だったのですが、その時の後輩は今でも東京に来ると連絡がありますし、故郷に帰ると必ず飲みに行きます。でも、先輩とは仲良くなかったです(笑)。私みたいにかまってくれる先輩はいませんでしたから。後輩は可愛がりました。

宮崎 そういう性格ですか?お育ちになったご家庭もそういう雰囲気でしたか?

渡邉 家庭は少し違います。姉と妹に挟まれて育ったので、男らしくなりたかったのですね、きっと(笑)。

宮崎 その頃から後輩をかまっていたのですね。大学も剣道部ですか?

渡邉 大学はアメフトだったのです。

宮崎 アメフトの時もそういう風になさっていたのですね。社会に出てからは、そのことを実現するために会社を作られたのですか?

渡邉 もともとは独立しようと思って外資系に行きました。戦略、戦術など学ぶべき部分はたくさんありました。今でも役立っていることはありますけど、どうしても耐えられなかったのは無関心、あと、セクショナリズム。

宮崎 なるほど。

渡邉 契約書が勝ち、みたいな。相手が契約書にサインしたら勝ちなのです。返品はだめですからね、コンピューターですから。そうすると、担当者が見込み数を間違えて発注し、納品をしたら原則引き上げられないのです。でも、日本の企業ではそれが可能なケースもあります。すみません、入れ替えますよ、と言ってくれる場合も、状況によってはあるじゃないですか。

宮崎 日本の企業は間違えて納品しても担当者は許されて、何かマイナス査定はあるかもしれないけどクビにはならない。

渡邉 大抵の外資系企業は成果主義を導入しているので、成績を上げている人が勝ち。外資の会社でリストラが始まったとき、上司に呼ばれて行った人が出てきたら何名かの女性が泣いているのですよ。「どうしたの?」と聞いたら「今、クビを言いわたされた」と。上から何人切れと言われて、課長は何人か切るわけですよ。3か月分給料払いますから1週間後に辞めてください、と。で、みんな泣いている。なぜかというと、その会社に愛着があって仲間がいるからです。そんな簡単に割り切れないですよ。それがすごく許せなかった。

宮崎 今、横行している企業の買収はあまり好きじゃないですよね。

渡邉 好きじゃないです。買収でまともだと思っているのは、日本電産の永守さんのやり方「です。つぶれそうな会社に対して買収をかけて、経営者だけ変えて、下から経営者を出して、給与を維持して救う。あれは本来あるべき買収だと私は思います。

■まずは、雇用ありき。雇用を維持するために仕事を作る
宮崎 でも、渡邉社長だからこそできるということですね。そうなかなか誰でもができないから、会社を大きくするしか全体をよくすることができない、ということですね。

渡邉 雇用を維持しようとしたら、基本的には辞めてほしくないわけです。そうすると増えますよね、増えたら仕事を作るしかない。だから仕事を作るのです。その順番です。仕事があるから人を採るんじゃなくて、人を採ったら雇用を維持するために新しい仕事を創造する。最初は案件ありきですけと、その後は逆ですよね、雇用ありき。切らないと言っていますから。

宮崎 じゃあ、終身雇用ですよね。でも従来の終身雇用のようにただ長くいさせて・・・。

渡邉 いれば給料あがりますよ、ということじゃない。自分の目標値にあった給料は払います。じゃあ、年齢が上がった人は不利じゃないですか、と言われますから、年齢が上がったときに自己啓発できますよ、という証明を我々がしなくちゃだめなのです。肉体面にしても、知識面にしても。人ってどういう風についてくるかというと、人間性もそうですけど、人間性を裏付ける計数であるとか、それに伴う実績がないと。精神論だけでは絶対ついてこないですから、人は。それは人をうならせる何かというのは、やっぱり自分が勉強していないとだめです。

宮崎 たとえば、ここに長くいて、自分は自分の会社を作りたいという社員がいたとしますね。ここの会社がとてもいいので自分がもう一つ同じ会社を作りたいというのは?

渡邉 ウェルカムです。のれん分けOK。やってほしいです。その時に初めて苦労がわかると思います。

宮崎 私たちの業界では、デザインや編集など制作の仕事をするために会社をやっている、という人が結構多いと思います。目的は自分で何かを作り出して世に問う、ためにという。でも、そこにはみんなのサポートが必要で、だから会社を運営している。もちろん、段々変ってきてそうじゃなくなってきていますが、ちょっと前まではそうでした。女性は特にそういうことが多いみたいです。たくさんの人を雇用するとか、ビジネスを大成功させるのが目的というわけじゃない。それでは何が目的かというと自分を表現して社会から評価されたい。そのために一人じゃできない、だからみんなでやる。今おっしゃっていることは社会のことは考えていないと言いながら、ある社会を作っている。社会に働きかけるというよりは、自分たちの中で社会を作っているのかな、と。

渡邉 社会とは関係しているのです。ただ、社会が求めている既成概念とは違うのです。この世界の中でいい雰囲気でやっていこうね、というのは常識外れじゃないの?と言われる。例えば、子会社であるアイエスエフネットハーモニーにアイエスエフネットの社員を50人連れていってボランティアをやっているのは、コストオーバーじゃないの?と。それは普通の会社からみたら異常な行為なのです。社会からとか株主から見たらふざけるな、ということです。でもそれは関係ないのですよ。

宮崎 上場すると株主がいろんなことを言いますよね。

渡邉 そう、それを言わせないようにもっていく。そのためには、その行為自身が従業員のモチベーションアップに繋がって利益に貢献できていることを数字で表すしかないのです。

宮崎 普通の上場とは気持ち的には違いますね。単にこの企業が伸びそうだからということではなく、そういう存在自体を応援することに意味があるという人に株主になってほしい、と。

渡邉
 EQ面を数値化していく、ということですね。これからの時代は人のモチベーションとか、やる気とか、会社に対するロイヤリティーとか、目に見えないことがすごく大きいです。例えば一日8時間で、一人10分という時間を自分の中でもしコントロールできたとしたら、今の従業員数で考えると年間で1億とか2億の利益が上がるわけですよ。私がどれだけ厳しく言ったとしても実際の効率というのは5%もよくならないです。従業員が、例えば障がいのある社員のボランティアをやることで啓発され、私たちはこの社員のために無駄な時間を使わないと思った瞬間にその5%が15%になると私は信じているのです。これが証明できたとしたらそれが数字になって現れるわけですから、それを株主に示す。人間のモチベーションを上げるには自分の心に火がつかないとだめです。それって、自分以外の誰かの為に、というのを共感して実感しないとできないのです。

宮崎 それでは常に火をつけていないとならないですよね。

渡邉 毎月誰でも行っていいよ、と言っています。自分で行こうとする人もいます。それはすばらしいことです。その分やっぱり自分の中で頑張らなきゃと思えますから。

■育児や介護をされている方が在宅で仕事ができる環境創りたい
宮崎 女性の社員の方々はこの会社に入ってどんな印象を持っていらっしゃるのでしょうか?

女性スタッフ1 正直やっぱり厳しいです。でも社長は、上からやれと押し付けはしないのです。ちゃんと話しも聞いてもらえますし、1,600人の社員がいる中、私の話しを1時間かけて聞いてくださって、ちゃんとフォローするからと言っていただけます。そこに自分がどこまで追い付けるかとなると、いたらないですけど。私の部下とは更に想いのかい離があると思うので、そこは私がきちんと伝えなくては、と思います。

宮崎 負担が多くはないですか?

女性スタッフ1 女性にはやさしいのですよ(笑)。負担になる時は確かにありますが、でも、想いをちゃんと理解してついて行こうという気持ちもあります。むしろつらいのは、自分の未熟さを感じるときです。

女性スタッフ2 女性の働く環境を創出するためには、私たちのほうがお願いしますという立場だと思うのですが、逆に社長から育児の人とか介護の人とかの環境を作らなくちゃいけないからやるよ、と言われてプロジェクトが動いているので。私たちが見えている視点よりもっと上が見えていて、次々と手を打とうとしているので着いていくのが精一杯です。

宮崎 もっとこうだったらいいのに、ということがないわけですね。

女性スタッフ2 そうですね。どんどん先を示されるので。

宮崎 女性が働きやすい環境を新たに作ろうとされているのですか?

渡邉 アイエスエフネットケアという会社でやろうとしています。育児や介護をされている方がIT環境を使って、在宅で仕事ができるようにしようと考えています。

宮崎 これから取り組んでいくところですね。それはビジネスのためではなく、社会のためでもなく、この一つのユートピアを拡大するためですね。

渡邉 たくさんいらっしゃると思うのですよ、育児や介護の最中にあっても社会に接していたい、かかわっていたいと思っている人が。ただ、実際にはいろいろとクリアしなければならない壁があって、規程一つとっても簡単ではないです。まだ、想いがあるだけという段階ですが。

宮崎 それはすごく大変なことですけど、実現するのが楽しみですね。これからもがんばってください。

渡邉 ありがとうございます。

注1:法定雇用率 一般の民間企業(常用労働者数56人以上規模の企業)1.8%
注2:「未来ノート」で道は開ける! 渡邉幸義著 マガジンハウス刊