<<<戻る |
投資の新潮流?社会的責任投資 環境対策や雇用、社会貢献などに積極的に取り組む企業に投資する「社会的責任投資」(ソーシャル・レスポンシビリティー・インベストメント SRI)が欧米で急速に広がっている。 短期的な業績だけではなく、社内の人材育成や社外への貢献度などの面から企業を総合的に評価し、一定基準を満たした企業に投資しようとするもので、環境や人権問題に対する人々の意識が高まる中、”社会的優良企業”への長期投資で資金運用する傾向を強める年金基金や「自分の資金で社会を変えられる」可能性に魅せられた個人投資家に支持されてきた。 欧米ではSRIの対象企業を評価する基準も多彩で、最近一部の国々ではSRIの普及を制度面から促す動きも出ている。 ◆401K登場で身近に SRIは、20世紀初めの米国でキリスト教倫理に則り、教会関係の資金をアルコールやタバコ、ギャンブルなどに関連する企業に投資すべきでないという考え方から始まったとされる。そして、ベトナム反戦運動や公民権運動の盛り上がりを受けて、1971年には軍事関連企業を投資対象から除外する初のSRIファンドが設定された。80年代に入ると、南アフリカの人種隔離政策(アパルトヘイト)反対運動や確定拠出型年金(401K)制度の成長とともに、SRIは一般投資家の間に一気に広がった。 米国のSRI調査・広報機関ソーシャル・インベストメント・フォーラム(SIF)によると、99年時点の米国のSRI資産残高は2兆1590億ドルに達した。これは、米国で運用される金融資産の約13%に相当する。95年(6390億ドル)から97年(1兆1850億ドル)にかけての伸びを比べると、SRIがいかに急速に広がったかが分かる。 SRIは欧州でも90年代以降着実に拡大した。その代表格である英国のSRIファンドの残高は01年中に40億ポンド(1ポンド=約175円)となり、3年前の倍以上となる見通しだ。 SRIは、収益面でも既存の株式投資に引けを取らない実績を残している。米国の代表的なSRI株価指数であるドミニ400・ソーシャル・インデクスのパフォーマンスは過去5年間、S&P500を年率換算で2.0%上回った。最近でも、資産残高1億ドル以上の全米15のSRIファンドのうち11ファンドが、米投信評価大手モーニングスターによる今年7〜9月期の収益評価で最高点を得るなど、世界的な株価低迷が続く状況下でもSRIは健闘しているとの評価が目立つ。 こうした流れを受けて、欧米諸国の一部では法律面からSRIをバックアップする動きが相次いでいる。英国では2000年7月、企業年金受託会社に対して、資金運用に際してSRIの基準を採用しているかどうか開示するよう義務付けた。ドイツやベルギー、フランスでも今後、英国と同様の開示が義務付けられる方向となっている。また、オーストラリアでは01年8月、すべての投資商品を対象にSRIに関する情報開示を義務付けた法案が成立し、業界関係者の間ではSRIの普及につながる最も踏み込んだ措置と歓迎する声が多い。 ◆環境、社会貢献、収益で企業を評価 一口にSRIと言っても、その要となる企業評価の手法は、SRIが普及した経緯や文化的背景の違いなどでも異なる。 例えば米国では、原子力や軍事、ギャンブル、アルコール・タバコ関連産業を自動的に除外するネガティブ・スクリーニング(第一世代)、および環境対策や社会貢献など限定された分野での企業活動を評価するポシティブ・スクリーニング(第二世代)に基づいて評価した企業に投資するファンドが一般的となっている。米国のSRIファンドで資産残高トップクラスのドミニ・ソーシャル・エクイティ・ファンドも、第二世代評価に基づいて設定されたファンドだ。 一方、欧州では環境対策と社会貢献、収益の3分野を調査対象として総合的に評価するトリプル・ボトム・ライン(第三世代)に基づいたファンドが増加している。これまでは第一、第二世代評価が主流だった欧州以外の地域でも、最近は第三世代評価に移行する傾向が出ているという。米英を代表するSRI株価指標である「ダウ・ジョーンズ・サステイナブル・グループ・インデクス」(DJSGI、米)や「FTSE4Good」(英)は、第三世代評価に基づいて選定した企業銘柄で構成されている。 さらに、第三世代評価に新たな要素を組み合わせた評価手法を実践しているのが、ベルギーのSRI評価会社大手エティベル・ストックアットステイク(SAS、本社ブリュッセル)だ。 ◆企業の利害関係者からも調査 SASではまず、 ・経済性・成長性方針(収益、株主対応・法令遵守など) の4分野について計65項目の質問を設定し、回答に基づき各分野を5段階で点数化する。この際、4分野は均等に点数化されるため、特定の分野のみ高得点を取っても高い総合評価を得られない仕組みとなっている。 ここまでは第三世代評価と同じプロセスだが、これに加えて労働組合や非政府組織(NGO)など企業にとってのステイクホルダー(利害関係者)からの意見を評価に取り入れている点が、SASの最大の特徴だ。 この後、企業倫理や労働法などの専門家で構成する独立評価機関「エティベル企業評価委員会」で、一連の調査・分析が適切に行われたかを診断した上で個別企業を評価し、一定の倫理基準を満たす企業をエティベルユニバース企業群に組み入れる。評価結果は理由とともに対象企業に伝達され、評価決定後も定期的に再評価する仕組みが取られている。 SASのヘルウィック・ピーターズ最高経営責任者(CEO)は「企業にとって時にはマイナスとなる情報もステイクホルダーから収集した上で評価するので、企業側もわれわれの調査能力を認めて出しにくい情報を提供するようになった」と、第四世代評価の意義を強調する。 SASは昨年春から日本企業の評価もスタートさせ、これまでに35社をエティベルユニバースに組み入れた。ただ、日本企業にとって第四世代評価はなじみがないばかりか、SRI向けの企業調査そのものの認知度も高いとは言えない。 このため、調査に非協力的な企業が存在するのも事実だが、SASのアジア地域担当アナリストの佐久間京子氏は「良い企業を探してアピールすることがわれわれの役割。評価内容が悪くなることばかりに敏感にならないで」と訴えている。 ◆日本でも普及の芽 その日本でも、ようやくSRIの本格的な普及に向けた動きが芽生えてきた。 日本でSRIの考え方を取り入れた初のファンドとしては、環境問題への取り組みで高い評価を得た企業に投資する「エコファンド」(日興アセットジメント、99年発売)が、当初販売期間で予想の4倍に当たる230億円を集めて話題を呼んだ。 これをきっかけにエコファンドの発売が相次ぎ、昨年には企業の環境対策、雇用、消費者対応、社会貢献の4分野の総合調査に基づいた「SRI社会貢献ファンドあすのはね」(朝日ライフアセットマネジメント)が、複数のファクター調査に基づいた国内初の本格的SRIファンドとして発売された。 さらに01年6月には、法令違反を行わない経営スタイルを確立した上で外部への説明責任を果たしているかという観点から企業を評価する独立系調査会社インテグレックス(本社東京都渋谷区)が設立され、米系投資信託会社が同社の調査結果を取り入れたSRIファンドを01年度中に発売する予定だ。 同社の秋山をね社長は、これまでのエコファンドが「企業の環境対応調査を取り入れた点は評価すべきだが、結果的に従来の利益重視型のテーマファンドと同列に扱われてしまった感がある」との反省を踏まえ、投資家に長期投資の趣旨を理解してもらった上でファンドを買ってもらえるよう、契約先の投信会社との間で販売時の説明方法に至るまで調整している。 日本国内で現在発売されているSRIファンドは計9本。複数の外資系金融機関によるSRIファンドの発売に向けた動きもある。ただ、日本ではSRIの本格的な普及に向けてはいくつかの課題も残されている。 その1つが、企業評価の手法が定まっていないことだ。朝日ライフのSRIファンドで企業の社会貢献分野の調査を担当したNPO(特定非営利活動法人)NPO法人パブリックリソースセンター(東京都中央区)の岸本幸子事務局長によると、企業から回収する調査票の分析に膨大な時間を要するため、企業が回答通りの活動を実際に行っているかを確認する面接調査に時間を割けない現状があるという。このため「日本の評価機関同士である程度統一した評価基準を作ることも必要だ」と提言する。 そして何よりも、欧米の年金基金や各種財団のようにSRIを本格的に実践する「社会的投資家」を掘り起さないと日本でSRIは育たない、というのが関係者の一致した見方となっている。 ◆韓国、香港は日本を超える可能性 一方、日本以外のアジア各国でもSRIが普及する機運が盛り上がっている。 01年初旬には、アジア地域でSRIに取り組む金融機関などに対してインターネットやセミナーを通してSRIに関する最新情報を提供する非営利団体ASrIAが誕生。11月上旬に香港で開催された第1回会議では、各国のSRIの現状が紹介されたほか、欧米流の企業調査手法をアジアでそのまま取り入れることが可能かどうかなどをめぐって活発な議論が交わされた。 日本初のエコファンド向けの企業調査を手掛けたグッドバンカー(本社東京都中央区)の筑紫みずえ社長は「日本よりも株式投信の普及度が高い韓国や香港は、SRIの分野で日本を追い抜くかもしれない」と予想する。 SASのピーターズCEOは、SRIの将来像について「世界の投資資産の50%がSRIになるかもしれないし、10%程度にとどまるかもしれないが、今後も伸びることだけは間違いない」と断言する。SRIがこれまでの資金の流れを変え、社会変革をも促す新たな投資手法として世界的に成長を遂げるのか−。その歩みは始まったばかりだ。(2002年7月掲載) |
<<<戻る |
サイト制作・取材協力 e-mail:c-press@pangea.jp (c) 2006 PANGEA inc. All Right Reserved |