1999.12.22発行 vol.40
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■特集企画■
<新ミレニアムの働き方を考える>
・はじめに
・『未来の仕事』の2つの方向性:「HE未来」と「SHE未来」
・自分で自分を雇う:「セルフエンプロイメント」
・『SHE未来』の働き方としての「自身の仕事」
・コンセプチュアルスキルをどう磨くか
・新しい「働き方」を創る女性の可能性
・おわりに
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2000年という大きな節目を迎えようとしている今、私達はこれまでの働き方
や仕事に対する姿勢をもう一度見直すべき時に来ているのではないでしょう
か。それは、派遣やSOHOなどの新しい働き方が一般に認知され、もはや
個人も企業もそれらを視野に入れた雇用を考えずにはいられないからと言
えるでしょう。そして今後、それ以外の全く新しい働き方がでてくる可能性
も大いに考えられるのです。
そこで「新ミレニアムの働き方を考える」と題し、今後男性と肩を並べ女性
達が築いていくであろう新しい社会について、きゃりあ・ぷれす編集部の二
人が対談という形で考えてみました。
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■コラム「新ミレニアムの働き方を考える」
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●はじめに
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この10年あまりの間に、私たちの仕事をとりまく環境は大きく変貌を遂げつ
つある。個々人が自ら働くことの意味を問い直し、あるいは問い直さざるを
得ない状況が日々刻々と鮮明になっていく。日本では戦後の高度経済成長
を支えてきた終身雇用制が崩壊し、「大企業=安定雇用」の構造が終焉を
迎え、パラダイムが大きくシフトしつつあることを誰もが実感として感じて
いる。そのような状況下で、私たちのワークスタイルはこれからどのような
変化をしていくのか。働き方はどう変わっていくのか。そして、どう変えて
いかなければならないのか。これからの「働き方」をテーマに、編集部の広
渡(以下、広)と宮崎(以下、宮)がそれぞれの思いを語り合うことにした。
広:これからの日本は、特に女性が新しい「働き方」を創っていく原動力に
なるという予感が『きゃりあ・ぷれす』にあって、多様化するワークス
タイルを考えていこうとしているわけだけど、新ミレニアムを迎える今、
もう一度これからの働き方を考えてみなきゃいけないって気がしてる。
宮:私はJ. ロバートソンの『未来の仕事』(小池和子訳 勁草書房1986)
を再び読み返してみて、やっぱりこれからの「働き方」の方向性は女性
が担う時代になると思うのね。結局は、従来の枠から外れたものが次の
枠組をつくるっていう考え方からすれば、その一点では女性なんじゃな
いかと。
広:『きゃりあ・ぷれす』のおすすめ本特集で前に紹介した本だけど、残念
ながらいまはもう絶版になっちゃってる。
宮:うん。もう10年以上前の、まだインターネットも普及してない時代に書
かれた本だけど、近代経済学が理想とした完全雇用という考えが、本当
に一番望ましい社会なのかという疑問から、「働くこと」を徹底的に考
察した、とても示唆に富んだ本だと思う。私は逆に、今だからこそこの
本が私たちにすごく大切な指針を与えてくれるように思えて仕方ない。
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●『未来の仕事』の2つの方向性:「HE未来」と「SHE未来」
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広:ロバートソンは、完全雇用を終局の目標とする「通常のビジネス」に代
わる、脱産業社会の仕事の未来像として「HE未来」と「SHE未来」
という2つの方向性を提示したんだよね?
宮:そう。「通常のビジネス」っていうのは今現在の社会での仕事のあり方。
完全雇用を究極の目標と考えて、雇用が、仕事をオーガナイズする最善
の方法だとするもの。日本の政府が必死になって雇用創出とか完全雇用
の回復って叫んでいる今の状況は、「通常のビジネス」の価値観なんだ
よね。でも、完全雇用が本当に理想なのか、実際にあり得るのかってい
う疑問から、ロバートソンは2つの方向性を示した。
「HE未来」は、ごく少数の超エキスパートが支配するテクノクラート
的ないしは、中央集権的な社会での仕事のあり方。
「SHE未来」は、一般的な雇用が最大の価値ではなく、むしろ多くの
人が「自身の仕事」として仕事をとらえ、有給・無給にかかわらず自分
の裁量で自由に働くということに価値観をおくのね。
広:「HE未来」と「SHE未来」は対照的な位置にあるわけだ。
宮:そうね。「HE未来」だと少数の超エリートが社会を牛耳って、あとの
大多数の人たちは大して価値のある仕事を与えられずに、多くの時間を
余暇に費やすというもので、一見楽そうだけれど、人間がそんなことで
満足するとはとても考えられないのよね。やっぱり自分の存在が社会に
役立っているという感覚なしには絶対に満足できないと思う。
「SHE未来」では自分の裁量で決めて活動していく「自身の仕事」を
重要視して、自分を自分で雇用する「セルフエンプロイメント」の社会
をめざしている。
* * *
■■HEの価値観と傾向■■■
量的価値と目標/経済成長/知的、合理的、孤立的/男性的優先順位/
専門化・無力さ/ヨーロッパ的/人間中心的
■■SHEの価値観と傾向■■
質的価値と目標/人間成長/直感的、経験的、共感的/女性的優先順位/
全般的有能さ/地球的/環境生態的
[『未来の仕事』J. ロバートソン著、小池和子訳 勁草書房刊より]
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●自分で自分を雇う:「セルフエンプロイメント」
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広:「セルフエンプロイメント」って、具体的に考えると、例えば、編集者
なら編集者として自分のやりたい仕事を選び、フリーランスでやってく、
みたいな仕事のありかたもそうだろうけど、例えばNPOとかの活動で
活動資金は集めなくてはならないし、全くのボランティアでなくてもい
いんだけど、利潤の追求を目的としないといったやり方なんかも「自身
の仕事」としての「セルフエンプロイメント」と言えるんだよね。
宮:当然ね。だから現状の社会構造の価値基準で固定的に考えてしまうと、
なかなか理解しづらいかもしれない。オルタナティブな制度や社会基盤
なくしては成立できない部分もかなりあると思うし。
広:だけど、パラダイムシフトって言うか、「SHE未来」的なるものへの
移行は、ワークスタイルの多様化という現実を見ただけでも確実に始ま
っていると言えそうだと思うんだ。人々の意識が変化してきて、安定雇
用だったり堅実な経営の企業で働くということより、やりがいのある仕
事や自分らしい仕事をしたいと思う人が増えてる。その一方でいわゆる
「会社員的」とか「OL的」とか言われる感覚で、給与のためになんと
なく仕事をしている人もたくさんいるんだとは思うけどね。その意味で
は、今は「HE未来」と「SHE未来」の方向性が単純な二項対立のよ
うな構図の中にではなく、現実には同時に混在していると言えそうだね。
宮:そこに「通常のビジネス」も同居しているんだから三つどもえ状態よ。
「働き方」や「働くことの意味」を考えようとするときに、現実世界に
は相反する様々な要素が混在しせめぎ合ってる。だから矛盾もいっぱい
あるんだと思う。だけど、私としてはこれからはもっと「SHE未来」
的な傾向にどんどん移行するだろうって言うか、めざすのはこれだろう
って気がするのよ。
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●「SHE未来」の働き方としての「自身の仕事」
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広:今の会社(パンゲア)を興した理由は、やっぱりそのへんにあるの?
宮:ロバートソンの本を最初に読んだのは、私がまだ雇用されてた時代でバ
ブル絶頂期のころだったけど、めちゃくちゃに忙しいだけで仕事と自分
自身の統一感が持てなかったの。なんかこのままじゃ違うぞって感じて
いたときだった。自分がやりたい仕事って、今自分がやってる仕事なん
だろうか、とかね。不一致な感覚がずっとあったわけ。
広:その不統一感がなぜなのかを、この本との出会いが解き明かしてくれた
ってわけか。
宮:自分のめざす方向性はこれだって思って勤めを辞めて、結局仲間とパン
ゲアを始めた。設立当初は文字通り「SHE未来」で、ほとんど自己責
任、自己依存でそれぞれの仕事をする人たちの小集団だった。たまたま
チームを組んだほうがやりやすいっていうだけのね。小集団でいてその
能力を最大限に活用しようと思ってるから、大企業になろうとか会社を
大きくしようなんて別に思いもしなかったわけ。アンチ大企業だよね。
当然、人を支配するだの雇用だのってことも無関係な集団ね。その気持
ちは今も変わらないんだけれど、会社も間もなく10年になろうとしてい
て、若い人が入ってきたりするとどうしてもヒエラルキー的な要素が出
てきて、なかなか難しいと感じてる。
広:要するに、自己依存型で個人が独立してバンバン仕事をやっていける小
集団のうちは「SHE未来」ふうだったけれど、例えば,キャリア的に
まだ発展途上の人も加わっていっしょに仕事をするようになるにつれて、
そうもいかなくなってしまうってところなのかな。
宮:若い人にいきなり「セルフエンプロイメント」しなさいって言ったって
絶対無理でしょ。現状の問題点は、そうなるために勉強する機会や訓練
する場をどこに用意するかということだと思う。
広:そうだね。例えばDTPを「自身の仕事」にしようと志して「セルフエン
プロイメント」をめざすとする。テクニカルスキルはマニュアルを読ん
だりスクールに通ったり、あるいはどこかの出版社なり印刷会社に入っ
て実地に身につけることができるかもしれない。周りの人たちと協調し
たりお客さんに接する上で必要なヒューマンスキルも、企業研修だとか
接遇マナー講座なんかである程度は習得できる部分が多い。だけれど、
「SHE未来」的な意味で「自身の仕事」として実現するためには、さ
らにコンセプチュアルスキルが必要となる。「セルフエンプロイメント」
に向かって何が必要か、ものごとの問題の本質を見抜き、分析し、自分
で意志決定できる能力が必要不可欠になる。そのコンセプチュアルスキ
ルをどうやって磨くかということになると、そんなことを教えてくれる
ところはどこにもないってことだ。
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●コンセプチュアルスキルをどう磨くか
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宮:「売れる履歴書 売れるキャリア」(野田俊彦・佐藤孝夫著 全日法規
1999)で紹介されてたカッツ教授のスキル分類ね。あれってとても明
快だと思うんだけど、現状ではコンセプチュアルスキルは自分の力で考
えて開拓していくしか方法がないわけ。今コンセプチュアルスキルがあ
ると言える人は、自分でそれを獲得してきたってことに過ぎない。
広:だとするとDTPができるようになったからと言って、それだけでは「セ
ルフエンプロイメント」ができるとは言えないんだ。派遣だとかSOHO
みたいな形態を新しい働き方のように考えてしまいがちだけど、それは
単に形態の問題であって、必ずしも「セルフエンプロイメント」を実現
しているとはかぎらない。
以前から『きゃりあ・ぷれす』でも取り組んできている「なりたい私に
なるために」みたいな働き方って、言い換えれば「セルフエンプロイメ
ント」が実現できて初めて到達することのできる領域なんだよね。テク
ニカルスキルやヒューマンスキルだけを一生懸命磨きながら続けていっ
たところで、永遠に「セルフエンプロイメント」なんか実現はできない
ぞってことになる。
宮:要はコンセプチュアルスキルの訓練を支援する教育システムや制度が、
今の社会にはとっても乏しいってことなのね。そんな社会にあってすで
に「セルフエンプロイメント」を実現できている人がいるとすれば、そ
の人数はまだあまり多くないと思えるんだなあ。
広:僕の友人で空間デザインをしている男がいるんだけど、彼は実際に仕事
をする上で必要で、だけど学校では学べない部分の現場でのハウツーみ
たいなものを知るために会社に入ったんだよね。それで、ノウハウがわ
かった段階で、こんどは別のノウハウを身につけるために違う会社に入
社して、結局何社か渡り歩いて、自分で「もう十分」と思えるだけのテ
クニカルスキルとヒューマンスキルを獲得した。ある意味で、キャリア
アップなわけだけど、彼がその行動計画全体を考え意志決定できたのは、
彼自身がすでにコンセプチュアルスキル的な素養を持ち合わせていたか
らってことになるのかもしれない。会社を辞めてから自分で事務所を始
めて、最近はどんどん自分の名前で仕事ができるまでになってるんだ。
彼なんかを見てると、「セルフエンプロイメント」の人だなって思うよ。
宮:「自身の仕事」をめざすとき、本当に多種多様な働き方があっていいと
思うのね。いろんな考え方を持った人がいるのが当たり前みたいな。例
えば私にとってパンゲアでの仕事は「自身の仕事」であって自己表現だ
と思ってるんだけど、そうじゃない考えの人だってたくさんいる。お金
を稼ぐことも「自身の仕事」だろうし、地域にかかわる報酬のない仕事
だって「自身の仕事」だし、要するに、みんながそういうふうにとらえ
てそれぞれに自分の仕事を考えていくってところが大切なんじゃない?
広:まあ、ただ考えてごらんっていうだけでは、これからの「働き方」へ向
けての明確な回答とは到底言えないわけだけど、少なくとも僕たちがこ
れからの「働き方」を予測しようとするとき、今一番大切な、あるいは、
欠落しているものは何かと言えば、「自分自身で考える」ってことに他
ならないのかもしれないね。
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●新しい「働き方」を創る女性の可能性
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宮:例えばいわゆる男性社会の中で「セルフエンプロイメント」してる人間
が何%いるか考えてみると、大して多くないんじゃないかと思うんだよ
ね。じゃあ、女性では何%いるだろうかって考えると、実は数的に男性
とそんなに変わらないって気がするの。
広:つまり、比率で言えば女性のほうが高いってことかもね。
宮:まあ、でも、現状ではどっこいどっこいってところかな。
広:それでも、女性たちのほうにより「SHE未来」的な働き方の可能性を
感じるのはなぜなんだろうか。
宮:今の社会は、要するに「通常のビジネス」なわけで雇用が重要でしょ?
だから男性の多くにとっては「セルフエンプロイメント」なんて発想は
ナンセンスだし、そういう発想自体を否定する社会システムで育ってき
てると思うの。逆に雇用されてお金を稼ぐから女性より経済的に優れて
るぐらいに思っちゃって、自分と自分の仕事とはどういう関係があるの
かなんて考えないのが当たり前になっちゃってる。
広:要するに、僕たちが女性により可能性を感じている理由は、男性の場合
だと完全雇用を前提にした「通常のビジネス」的価値観で固定化した考
え方や概念に支配されているから、新しい働き方をまともに考えるため
には、これまでのものを全部破壊することから始めなければならない。
だけど女性は、そういうしがらみにとらわれずにスタートできるからっ
てことなんだ。
例えば、自然豊かな原野があったとするね。そこに男がやってきて、山
を崩し川をせき止め木を切り倒して、高層ビルを建てようとした。高け
れば高いほどいいって誰かに言われたの信じて、自分がその建物に住む
なんてことも一切考えないし、考えたら怒られたりしながら。だけど、
いざ建ててみようと思ったら、どうもうまくいかない。中途半端な高さ
にしかビルは造れないし、とりあえず住んでみようかと考えたものの、
もともと自分が住むために建ててないから全然幸せな気分になれない。
宮:失敗だったってことよね。それを横で傍観してた女性が気がつくわけ。
広:環境共生のような自然にとけ込んだ低層の住宅をつくったほうが幸せに
なれるんじゃないかってね。自分が住むための気持ちのいい家を造るこ
とが、自分の幸せになるってわかったから。しかも、自分の原野はまだ
手つかずの状態だ。ビルを建てるのは男の役目だって言い聞かされてた
からなにもしてこなかったことが幸いしてる。
男は失敗しちゃったビルを壊して更地にもどし、さらに山や川を復元し
て植林もしなくちゃ新しいことなんかできない。だけど、女はその間に
どんどん新しいことを始められるってことだ。
宮:たまたま「通常のビジネス」は男性の産業社会の産物だったから、現状
は女性に有利だってことよ。そういう状況なんだよってことを認識した
上で、どうやったら自分が「SHE未来」的な「セルフエンプロイメン
ト」に近づけるのかを考えていかなければならないのよ。
広:自分の力で考えるってことが、これからの働き方のキーになることは間
違いない。自分を雇うためには自分を雇えるだけ考えがなければ「セル
フエンプロイメント」なんて夢に過ぎないんだから。
宮:雇用されてるってある意味では楽なわけで、目標が与えられてその達成
のためにがんばるだけでいいでしょ?だけど、そんな人任せじゃこれか
らの働き方は成立できないんだよ。
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●おわりに
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私たちのこれからの「働き方」を巡って、世の指導者と言われる人々や企業
家や政治家や学識者たちや、実に多くの人々がパラダイムシフトを指摘し、
事実、私たちはひとつのパラダイムがすでに崩壊して新たなパラダイムへと
シフトしつつあることを日常的に肌で感じている。何かが変わらなければな
らない。何かを変えていかなければならないと、私たちは焦燥感に苛まれつ
つ、それらの人々の見解の中に一筋の光明を見つけようと必死になっている
のかもしれない。だが、パラダイムシフトを人々が語るとき、その立脚点に
は様々な差違が潜んでいることも同時に、私たちは注意深く観察してゆく必
要があるだろう。
私たちは今、新しい「働き方」のひとつの可能性として、「SHE未来」的
な価値観や傾向に希望を見出せそうだと感じている。私たちひとりひとりの
「セルフエンプロイメント」の実現に向けて、人任せではなく自身の考える
力で考え行動し進んでいくという「働き方」の新しい方向性だ。女性的な直
感や共感といった感覚でものごとの本質を見極め、考えて行動に移すことが
大切なのではないだろうか。例えば、誰もタッチすることのできない原子力
発電の巨大なシステムより、一軒ごとに発電するソーラー発電がいいなと感
じたり、遺伝子操作や際限のない臓器移植をめざす西洋医学より、全身を自
然の摂理の中でとらえる東洋医学のほうが合っていると思ったりする感覚だ。
私たちはそういった感覚を大切にして、これから「SHE未来」をもっと真
剣に自分の問題として考えていく必要があるだろう。