2006.5.10発行 vol.218
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■特集企画■大沢真知子先生の本が出版されました!
      『ワークライフバランス社会へ−個人が主役の働き方』

     ◆著書『ワークライフバランス社会へ』にこめたおもい
                             大沢真知子

     ◆どんな暮らしや社会が「幸せ」か。
      私たち自身が考え始めるために、必読の本です。  宮崎郁子

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       大沢真知子先生の本が出版されました
     『ワークライフバランス社会へ−個人が主役の働き方』
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日本女子大学教授で労働経済学がご専門の本誌ブレーン、大沢先生がこの度、
本を出版されたのでご紹介します。
それから大沢先生ご本人より、本の内容についての主旨など、メッセージを
いただいていますので、あわせてご紹介します。

発行人、宮崎からの感想も掲載します。

----- プロフィール -----
大沢真知子(おおさわまちこ)さん

日本女子大学人間社会学部教授。産業構造審議会NPO部会委員。専門は労
働経済学。経済発展の中で女性の就業機会や結婚・家庭形成がどう変化して
いくのか、経済のグローバル化のなかで就業形態がどのように変化していく
のかを、国際比較の視点から研究している。内閣府男女共同参画会議の専門
調査会、厚生労働省のパートタイム労働研究会などの委員を務め、雇用をめ
ぐる制度や政策のあり方についても積極的な発言をしている。著書に『働き
方の未来−非典型労働の日米欧比較』(日本労働研究機構)『コミュニティ
ー・ビジネスの時代』(共著)(岩波書店)『働き方を変えて、暮らし方を
変えよう』(共著)(東京女性財団)『新しい家族のための経済学』(中公
新書)『経済変化と女子労働』(日本経済評論社)など多数。


ワークライフバランス社会へ―個人が主役の働き方
 大沢 真知子(著)

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     著書『ワークライフバランス社会へ』にこめたおもい
                        大沢真知子
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この本はいままでのわたしの著作とは異なり、インタビューを中心に、それ
をわたしがどのように感じたり、考えたりしたのかを、一人称のわたしの視
点から書いた本です。

発端になったのは、学生たちとハローワークを訪れる失業者の話も聞いたこ
と。マスメディアをつうじて語られる労働市場の変化と実際におきているこ
との違いを見聞きし、それを多くのひとたちに伝えたいとおもったのです。

たとえば、マスメディアをつうじて流される若者のイメージは、親のすねを
いつまでもかじり続けるパラサイト・シングルであり、フリーターは無気力
で向上心がない若者。あまりにも一面的で、しかもなぜフリーターがふえて
いるのかに対しての理解が欠如しているのです。

フリーターの増加は若者の責任というよりは、発展性のない仕事がふえてし
まったことにあるのです。日本経済の構造が変化したからです。なかでも、
経済の国際化によって、変動する経済に柔軟に活用できる労働者が必要とな
ったということがもっとも大きい要因です。

そうだとすると、経済の国際化が進むかぎり、日本でも今後もフリーター問
題は社会問題になっていくでしょう。ところが日本ではデフレ経済から脱却
し、団塊の世代が引退すれば、企業の若者に対する採用意欲が高まり、フリ
ーター問題も解決すると考えています。本当にそうなのでしょうか。この点
について、いまちゃんと議論しておく必要があると考えたからです。(本書
では、非正規労働者の増加は80年代からはじまっており、今後もある一定
程度の非正規労働者は引き続き必要とされる社会になると議論しています)

もうひとつは、日本の社会制度の問題です。正社員と非正社員のあいだには
賃金だけではなくて、社会保障の適用においても大きな差があることは皆さ
んもご存知だとおもいます。それが昔は、夫とパート就労の妻のあいだにみ
られる差であったので、世帯単位でみると所得格差の拡大にはつながらなか
ったのですが、いまは非正規労働者の多くが若者になってきたので、格差が
経済格差となって、社会のなかで歴然とみられるようになったのです。とく
に20代のあいだで格差が拡大していることについて、もっと社会が関心を
もつべきだと考えたのです。

非正社員問題というと、いまいったように処遇格差が問題になりますが、実
は正社員の働き方の問題でもあるのです。経済の国際化のなかで、柔軟に活
用できる労働者が必要となるなかで、正社員の働き方が柔軟性に欠けると、
必然的に非正社員をより多く雇うことで柔軟性を補わざるをえません。

つまり、フリーター問題の解決のひとつは、正社員の働き方をどれだけ柔軟
にできるかということにあるわけです。そして、正社員の働き方がなぜ硬直
的なのかを考えたときに、みえてきたのが、私生活よりも仕事を優先させる
ことが想定されている正社員の働き方でした。

正社員とは、残業をしたり転勤をしたり、会社の命令にしたがい、拘束的に
働く労働者なのです。そういった働き方を前提に労働法制や社会保障制度が
できているので、正社員の数が減ってしまうと、ひとりひとりの正社員に大
きな負担がかかってしまいます。

こういった働き方や生き方は、高度成長期にはよかったかもしれませんが、
低成長時代を迎え、夫婦共働きが標準世帯になったときには、かならずしも
わたしたちにとって望ましい働き方ではなくなってきています。男性も女性
も仕事と私生活のバランスをうまくとらないと生活が成り立たなくなってき
ているからです。

それではどうしたらいいのか。本書では、国際化にうまく対応し、正社員の
働き方を変えた国として、デンマークやオランダやイギリスを訪ねました。
ここでのインタビューも本のなかで紹介しています。

ざっと本のなかで展開した議論をまとめると、うえで書いたような内容にな
ってしまうのですが、社会のあり方を問うと同時に、わたしたちの生き方を
問うために書いた本でもあります。

本の執筆の最中、常にわたしの念頭にあったのは、日本人の生き方であり、
その社会に住む自分自身の生き方であったようにおもいます。自分の生き方
を考え、自分の生活を見直し、時間の使い方を変えるだけで、違った生き方
ができるようになる。どう生きるかはそれぞれのひとが考え選択する問題で
すが、それぞれが自分のワークバランスを考えそれが実現できる社会になっ
たらどんなにいいだろう。そういうおもいを込めて書いたのが本書です。

わたしたちの働き方や生き方に関心を持っている方に読んでいただき、感想
を聞かせていただけたら幸いです。
                           (大沢真知子)


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   どんな暮らしや社会が「幸せ」か。
   私たち自身が考え始めるために、必読の本です。  宮崎郁子
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バランスと調和。それはこれからの社会にとって、とても重要なキーワード
だと思います。
過去100年のように、経済的あるいは物質的豊かさだけが、誰もが疑う余
地のない最大の目標であった時代は終わり、経済的、物質的豊かさは「幸せ」
に向かうための複数ある価値指標のひとつにすぎないということがわかって
きたからです。そして、複数ある価値のバランス、調和をどう図っていくか
というのが、現代の最大の課題となっています。

ワークライフバランスといった時、単に時間的な割り振りのバランスという
だけではなく、ワークとライフが別々の価値観によって成り立っているバラ
ンスの悪さ、不快さを少しでも減らして、ワークを含めて、精神的にも価値
観的にもバランスと調和のとれた統一感を得られるライフを私たちが求める
ようになっているのは、当然の成りゆきだと思います。

制度というものは常に、社会の事象や希求に対して大きく遅れをとります。
日本の社会保障の制度などその最たるもので、制度自体が破綻をきたすだけ
でなく、社会のセーフティネットという本来の役割すらもはや構造として果
たせなくなっているというのに、無意味な区分をなくすことすらできず、変
革は一向に進みません。

いまこそ、何かの制度や恩恵を他者が与えれくれるのを待つのではなく、私
たち自身が、どのような社会や暮らしが「幸せ」なのか、「豊か」なのかを
考えなくてはならない時です。
そして、それに近づくためには、どのような制度が私たちの社会にふさわし
いのかを、自分自身で考える必要があります。
その時、他の社会の事例を参考にすることは大変有用でしょう。この本には、
そうした事例がわかりやすく示されています。
自分で考えることをスタートさせるために、とても役立つ本だと思います。

                            (宮崎郁子)
ワークライフバランス社会へ―個人が主役の働き方