2004.4.28発行 vol.163
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■特集企画■天職を探せ 第13回
      幸せを包む布「ポジャギ」がつないだ私の天職
      ポジャギ作家・李 京玉(イ・キョンオク)さん(前編)

      ◆私にとってポジャギは幸せそのもの

      ◆日本と私には特別な関係がある

      ◆新しいものより古い文化の普遍性にひかれる

      ◆布好きの根っこには古いものに思いをはせる心あり

      ◆天職につきたいと思ったら行動する
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今回ご紹介する李京玉さんは、日本でも最近静かなブームになっている韓国
のパッチワーク作家です。新しいものより古い文化にひかれ、どんな小さな
布きれにも歴史を感じて愛おしみながら縫いつなぎ1枚のポジャギに再生さ
せる手仕事。この人の生き方と仕事は「きゃりあ・ぷれす」の目ざすライフ
スタイルコンセプトに合う、と創刊当時からの読者でもある私は直感しまし
た。
李京玉さんとの出会いは「ポジャギ」で検索したサイトからでした。編集者
として20年以上仕事をしてきて、自分が本当に求めているテーマを形にし
て読者にも喜んでもらえたらという思いがつのり、もう一度仕切り直した1
年前のことです。布好き、ルーツ韓国、でも文化はあまり知らない、そんな
自分から出発して企画を考えたらポジャギしかない。自分でしか編集できな
いポジャギの本を作りたいと探し当てた作家が李京玉さんです。今春、そん
な特別な思いで企画編集した念願の本が出版されました。李京玉さんにとっ
ても初めての本。幸せな仕事に辿り着くまでのさまざまな出会い、ポジャギ
スタイルな生き方など、興味深いお話をじっくりうかがいました。
                       (聞き手:包山奈保美)

【韓国のパッチワーク、ポジャギ】
手芸ファン以外はまだ知らない人が多いのですが、麻や絹の小さな布を縫い
つないで四角い1枚に作り上げたものです。大きさはいろいろで、風呂敷の
ようにものを包んだり、覆ったり使い方も自由自在。巾着やストールになっ
たポジャギもあります。繊細で透明感のある素材と色彩の魅力、自由にはぎ
合わせた直線の面白さは新鮮です。

・「なぜ今ポジャギなのか」
布を愛する心は時代を超え、国を越えて女性たちに受け継がれていきます。
韓国のポジャギも昔から家々に当たり前のようにありましたが、戦後は新し
いものがもてはやされる傾向にあり、一時忘れられていたのです。それが、
ここ数年前から、日本のコアなファンを得て徐々に脚光をあびています。テ
レビドラマ「冬のソナタ」人気もあり、韓国文化に対する興味が本格化して
いることもポジャギのような手仕事布にまで及んでいるのかもしれません。

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      幸せを包む布「ポジャギ」がつないだ私の天職
   天職をさがせ 第13回 李京玉(イ・キョンオク)さん(前編)
      好き!が仕事になるまでの「京玉的日韓の出会い」
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 李 京玉(イ・キョンオク)さん
ポジャギ作家。1970年、韓国・大田(テジョン)生まれ。大学で日本語を専
攻し、鳥取大学、広島大学大学院に留学。2001年より、日本人の夫との結婚
を機に大阪・堺市在住。幼い頃からの布好き。趣味で続けていたポジャギを
文化交流に役立てようと、現在、大阪市内の会場を中心に教えている。「ポ
ジャギ工房koe」サイトも人気。この4月には「私のポジャギ」(発行/
風讃社、発売/けやき出版)という初めての本も書店に並び、ポジャギ作家
としてもデビューすることになった。

『ポジャギ工房koe』
 → http://www.korea-e.jp/

『私のポジャギ―韓国で生まれたパッチワーク』
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4877512365/careerpress-22/

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●私にとってポジャギは幸せそのもの
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―ポジャギが大好きで続けていただけなのに、日本で仕事に結びついた今の
 気持ちは?

◆韓国にいたときは、自分には大学で学んだ日本語しか仕事として使える技
 術はないと思っていたのが、昔から好きだったことに仕事として取り組め
 るようになったのはとても幸せです。それだけあれば幸せで夢中になれる
 こと。自分の好きなことを仕事にできれば幸せといいますが、まさに私に
 とってのポジャギがそうでした。

―4月に「私のポジャギ」という初めての本が出版されました。ポジャギ教
 室で教えることも増えたり、好きな仕事が発展していますが、ポジャギを
 仕事にするなんて2年前までは思いもよらぬことだったようですね。

◆2002年5月から韓国文化とポジャギのサイトを始めるまでは、そうでした。
 サイトを立ち上げたきっかけは主人のすすめです。最初は韓国の家庭料理
 を教えるホームページにしようと思っていたのですが、「君がよくやって
 いる布をつなぎ合わせるポジャギはどうだ?」というので紹介したところ、
 反響がすごくて。「こういうのを知りたかった」と、たくさんの人から共
 感してもらえて、ポジャギについていろいろ紹介していくうちにポジャギ
 専門サイトになりました。

―「ポジャギ工房koe」サイトを作るという行動を起こしてから、京玉さ
 んはたくさんの人と出会い、仕事もいろいろと広がっていったのですね。

◆独学で泣き泣き勉強して作ったホームページですが、サイトを作ったこと
 でいろいろな方との出会いがあり、その結果ポジャギを仕事にできたのだ
 と思います。それからいくつかの教室で教えることになると、布好き、韓
 国が好きという生徒さんたちとの世代や国を超えた生の出会いも楽しく、
 ありがたいです。ポジャギの本を作りましょう、とサイトを見た韓国系日
 本人の編集者からメールをいただき「私のポジャギ」という本ができまし
 たが(笑)、夢のようでした。


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●日本と私には特別な関係がある
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―好き、を仕事に。そのきっかけが夫の一言だったとは。幸運を運んでくれ
 た日本人のご主人とはどこで出会ったのですか?

◆韓国・大田(テジョン)の忠南大学で日本文学専攻の私は、鳥取大学に1
 年間留学しました。留学生と交流するサークルがあって、紹介された仲間
 たちの中に主人がいました。それから私は広島大学大学院で3年間学んだ
 あと韓国に戻り日本語講師を4年ほど勤めて、2001年に結婚と同時に日本
 に来ました。彼は土木学科で、今は橋梁会社に勤めて橋をかける仕事をし
 ています。

―ご主人は京玉さんのポジャギを通して韓国と日本文化の橋をかけたともい
 えますね。しかし、京玉さんはなぜ、大学で日本語や日本文学を学んだの
 ですか?

◆父が日本を好きなんです。ロータリークラブに所属していて、交流のため
 に日本の方がいらっしゃると、日本語が話せないのですが、近くで接し良
 い印象を持ったようです。小さい頃「日本人は誠実で、文化も発達してい
 てすごい」みたいなことをずっと聞かされて育ったので、私も日本人に対
 して悪い印象を持つことはありませんでした。日本語を勉強しようと思っ
 たのはその影響だと思います。だから日本人との結婚にも反対はなかった
 です。


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●新しいものより古い文化の普遍性にひかれる
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―留学した大学では日本の古事記や万葉集を学んだそうですが、なぜそんな
 に古い文学を研究課題にしたのです? 

◆なぜ古事記かというと、私は何でも新しいものより古いものに興味をひか
 れるんです。だいたいの学生が読みやすい近代文学の作家を選びますけど、
 私はなぜか神話を。つい最近まで生きていたりする作家だと、あまり干渉
 してはその作家を傷つけることになるのではと思ってしまいます。ずっと
 昔のことだと「こうだったんじゃないかしら」なんて想像を働かせて、あ
 る程度自由に考えることができるのが楽しいんです。

―日本の神話はどのような文学でしたか。韓国との関連は見つかりましたか?

◆アマテラスとかスサノオが出てくる日本神話の世界と韓国神話の比較研究
 をしました。研究していくと、日本神話の根の国と韓国神話の海洋世界と
 いうのが同じような意味の場所であることから、国は違っても普遍的な世
 界を見出すことができると確信しました。自分たちに都合よく解釈して
 「日本人は韓国文化に影響を受けた」という考え方もありますが、私は反
 対です。住んでいる国が違っても人の考えることには共通な部分があって、
 普遍的な世界観が生まれたのだと思いました。


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●布好きの根っこには古いものに思いをはせる心あり
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―そもそもポジャギは布を愛する心から生まれたもの。古いものも大切に残
 すための手仕事だし、その行為も動機も普遍的なものといえますね。京玉
 さんのポジャギ好きは神話にひかれる心がそうさせる。子供の頃から手仕
 事や古いものが好きだったようですね。

◆私はおばあちゃん子だったんです。祖母からはいろいろなことを教えられ
 ましたが、手先が器用で何でも手作りする人でした。針仕事が大好きな私
 にはそんな祖母の影響があるのでしょうし、何か古いものにひかれるのも
 そういう幼い頃の懐かしい思い出につなげたい気持ちからかもしれません。
 だから布も新しいものより伝統的なものが好きです。

―伝統的な布が好きな自分のルーツのお話をもう少し聞かせてください。

◆子供の頃は父も母も仕事が忙しく、兄弟も5人で大変だったので父方と母
 方の祖母たちが一緒に暮らしていました。祖母たちはいつもチマチョゴリ
 を着ていて、その滑らかな艶のある布を見ては子供ながらに素敵だと思っ
 ていました。今でも忘れられない織り柄の絹もありますよ。その布を最近
 見つけてポジャギを作りました。昔見たお気に入りの布たちが記憶の中で
 生きていて、今の私につながっているようです。古い布にも歴史と昔の人
 の思いを感じてしまいます。


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●天職につきたいと思ったら行動する
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―ポジャギ作りはいつ頃から?

◆布というものに自分なりの関わりを持ち始めたのは中学生の頃。母親に連
 れられてチマチョゴリの仕立て屋さんに行ったとき、母が店のおばさんに
 「この子は手作りや布が好きで」と言うといろんな種類のはぎれをたくさ
 んくれたんです。それがとってもうれしくて、それらの布にアイロンをあ
 てるのが幸せな時間になりました。そんな私を見て母が「何かつないで作
 ってみたら」と声をかけたのが布つなぎの始まりです。

―好きなことをしたい自分の気持ちが京玉さんのポジャギを天職に導いてく
 れました。前編の最後に、これから天職に辿り着きたいと考えている人へ
 のアドバイスをお願いします。

◆私の場合だと日本語も好きな仕事でしたけど、日本に来てふとしたきっか
 けでポジャギを披露したときに、周りの人が「いいね」ってそれまでにな
 いほど共感してくれました。そのとき、「私にはポジャギがある」とハッ
 として、自分にとってどんなにポジャギが大切かわかったのです。本当に
 好きなことをするために全てを捨てて取り組まないといけないなんてこと
 はない。少しの時間でも努力していくと必ずいい出会いがあって、それか
 ら新しい道が広がったりして今日まで順調にやってこられたので、自分の
 気持ちを信じて「行動してみる」ことが大事なんだと私は思っています。

                           (後編に続く)