2001.2.21発行 vol.71
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■特集企画■
「21世紀を幸せに働く」ためのシステムと意識の変革
〜しなやかに考えて行動しよう。
“チャンス”は可能性を模索する中に、きっとある〜
・女性の能力活用はもう“待ったなし”の状況
・M字型の元凶は雇用の「古いシステム」
・共働きを増やしたオランダの「パートタイム革命」
・日本のシステム変革の方向性は?
・先を読み、行動する。自分の可能性を探す、広げる
・仕事とプライベートの両立でより自由に、自分らしく生きる
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私たちがこれから“幸せに働く”にはどんなことが必要なのでしょうか。
“これから求められる幸せな生き方・働き方”を研究し、「新しい家族のた
めの経済学」(中公新書)「働き方を変えて、暮らしを変えよう」(東京女
性財団)など数々の著作のある日本女子大学人間社会学部教授・大沢真知子
先生にお話を伺いました。
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女性の能力活用はもう“待ったなし”の状況
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──日本はいま、少子化・高齢化という深刻な問題を抱えていて、近い将来、
労働力不足に陥るといわれていますね。
予想では、2015年には20歳代の人口が96年の1924万人に比べ 700万人も減少
し、2025年にはいまの2倍の高齢者を現役世代が支えなければならないとい
われています。労働力不足という点だけでなく、社会保障費の原資が枯渇す
るという点でも大きな問題ですね。
こうした状況で最も必要とされているのが、女性、特に既婚女性の労働力で
す。働く既婚女性が増加すれば税収が大幅にうるおうだけでなく、代行サー
ビスとして育児や介護分野での新規雇用が拡大されるでしょう。女性の能力
活用は、労働力不足の解消だけでなく経済発展の面においても最重要課題に
なっています。
夫の賃金はもう上がりません。夫1人で子どもの教育費も家族の生活費もま
かなうことは、もう無理でしょう。経済的な面からいえば、共働きが一般的
になっていくとおもいます。
──既婚女性たちも、経済的な理由だけでなく“働きたい”という意欲を強
くもっています。一見、需要と供給のバランスがとれているようですが……。
現実は違いますよね。日本女性の年齢別労働力率は、結婚や育児のために多
くの人が労働市場から退出するために、30代で就業率が低くなる、いわゆる
M字の型をしているのが特徴です。これは先進国では珍しいケースなんです。
でも、実際に働いてはいないけど就業を希望している女性の数を加えると、
M字型が台形になる。つまり、日本には“働きたいけど働いていない”女性
が非常に多いのです。
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M字型の元凶は雇用の「古いシステム」
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──多くの女性が働く意欲をもっているのに、なぜM字型になってしまうん
でしょうか?
子供をもつ女性が働ける環境が作られていないからだとおもいます。
たとえば「労働時間」の問題。日本の企業は、まだまだ長時間労働をよしと
する風潮が強いから、長時間労働が可能な人が正社員として雇用されている
状況です。したがって、既婚女性の多くはいくら能力があってもパートタイ
マーや派遣社員など、ごく限られた選択肢しかないのが実状です。
そして「賃金格差」の問題。男女による賃金格差に加えて、同じ仕事でも社
員と契約社員や派遣社員、パートタイマーでは大きな格差があります。
本来、同一内容の仕事には同じ賃金が支払われるべきなのですが、どうも日
本は正社員を優遇しすぎる傾向がありますよね。
また、“男性=正社員”ということになると、“夫は仕事”“妻は家事・育
児”という、旧態依然の分業スタイルに落ち着かざるをえないような仕組み
になってしまっている。
やっぱり問題は本当に女性の能力が活用されている仕事、女性にとって働き
がいがある仕事が少ないということではないでしょうか。
解決策は、家庭をもつ女性がもっと働きやすくなるようなシステムの変革と
環境整備を行なうことです。これらが今後どれだけ実現できるか……。
ちょうどいまは、団塊ジュニアの世代が出産期を迎えていますが、出産・育
児を選べば仕事の継続が困難、といういわば二者択一の状況下では少子化に
ますます拍車がかかることになります。人口としてかなり多いこの世代の出
生率が上がるか下がるかが大きな鍵になりますね。ここで確固たる施策が打
ち出されなければ、少子化はさらに進みます。
日本でも少しずつではありますが、変化の兆しは見えています。育児休業制
度の利用促進とか、その間の所得保証とか、保育所に関するアイデアもイン
ターネットを通じて募集しようとか、いろんな計画があるようです。だけど、
いまのようなペースでは変化が目に見えてくるのはまだちょっと時間がかか
るかもしれませんね。
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共働きを増やしたオランダの「パートタイム革命」
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──さきほど“M字型は先進国の中では珍しい”というお話でしたが。
現在は、という意味ですね。かつてはアメリカやイギリスもM字型だった時
代があります。たとえばオランダもここ15年〜20年で片働きを中心とした社
会から共働き社会へと変化しました。
オランダは現在、パートタイム労働が非常に多い国です。男性も高学歴の人
もパートタイム労働が多いのが特徴です。ただし、日本でいうパートタイム
というのとはだいぶ事情が違うんです。
日本では、雇用の調整弁として利用されることが多くて、大部分が臨時雇用
で、仕事内容はさほど重要でなく、低賃金というのが一般的ですよね。でも
オランダの場合は常用雇用で、スキルを必要とする仕事を任せられます。日
本流にいえば、“正社員の短時間労働版”といった感覚です。ここが大きな
ポイントです。
15年前、オランダの労働市場は非常に停滞していました。失業が増大して、
賃金も増えないなか、とことん困り果てて、選んだのがパートタイム労働の
促進だった。そしてそれがきっかけでワークシェアリングが実現しました。
世界に先駆けてパートタイム経済を成功させたため「パートタイム革命」と
呼ばれています。もちろんその革命を支える政策も整っていました。
結果として、既婚女性の労働参加率は15%(75年)から42%(94年)へ上昇
し、出産による非雇用就業率は33%(80年)から19%(92年)と、雇用市場
への定着率が大きく変化したんです。
たとえばアメリカは夫婦ともにフルに働き、2倍の給料を得る。そのかわり
に家事や育児を代行してくれるサービスを自分達の収入でまかなう、という
考えですが、オランダは夫婦で世帯所得が 1.5になればいい、という考え方
です。
柔軟な働き方が選べるようになっていて、仕事とプライベートがきちんと両
立できるシステムになっているのです。もちろんオランダモデルにも問題が
ないわけではないのですが。
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日本のシステム変革の方向性は?
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──もし仮に「オランダモデル」を日本に導入するとしたらどうなりますか?
うーん、どうでしょう。いまの日本はパートタイマーが安いから使っている
わけで、賃金や待遇面での差があるままパートタイマーが増えてしまったら
意味がありません。正社員と同じ待遇だけど働く時間が短い人、という前提
づくりがないと。
正社員並みのパートで能力活用されている例は、日本でもフェデックスとか
の外資系企業で少しはあるようですが、今後はそういった例を本格的に増や
していく必要があります。
意欲も能力もあるけれどフルタイムで働くのは難しい──こうした既婚女性
の能力活用が“企業の生産性を上げる=企業側のメリットになる”というこ
とをどんどん立証しなければなりません。
片働き型から共働き型へと移行した国の例はほかにもありますが、それぞれ
に内容は異なっています。はたして日本にとってはどんな形が理想なのか。
これから早急に「日本モデル」を構築しなくてはいけませんよね。
が、ここで一度再確認したいのは、“働く”=“雇用”では決してないとい
うことです。雇用は、近代化以降の規格大量生産、大資本がなければ仕事が
成り立たなくなった時代に急激に増えたもので、日本の歴史のなかではそん
なに長い歴史はないんです。それ以前は、いわゆるフリーランス的な働き方
の人が多かったとおもいます。
──先生がシステム変革の面で期待したいことはどんなことですか?
変化の方向性ということで特に思うのは次の3点ですね。
■企業による雇用保障から国と個人による保障へ
■雇用支援から起業家育成支援へ
■年金・税金は世帯から個人負担へ
最近は経営者の会合の中でも“企業による雇用保障はもう無理”という声が
聞かれます。
一方、政策も個人を支援する方向に変わり、雇用を継続していく力は個人が
自分で貯えなければならないということが新しい労働政策の方針になってき
ました。
そもそも多くの人が正社員を志向する理由は「保障」です。その保障を肩代
わりしていた企業側がもう限界にきている。それならば、国が最低限の面倒
をみるというシステムに切り替えるのはどうでしょう?
いわゆるセーフティネットの拡充ですね。それを整備していけば、企業も無
理して雇用保障を前面に押し出さなくてもよくなるし、個人にとってもどん
な働き方を選んでも働いている限りは国が最低の保障をするシステムが整え
ば、働き方のスタイルはそれぞれの好みで選べるという土壌ができます。
──国によるセーフティネットの拡充が図られれば、保障を求めて正社員の
道だけを選ばなくてもよくなるということですね。
ええ、そうなれば、国も雇用をバックアップする施策に比重を置かなくても
いい。もっと起業家とかフリーランス(派遣も含まれる)的な働き方を支援
する施策に変わるでしょうね。
いちおうの“下支え=セーフティネット”があるうえで、「時代は変わった
んだよ。自分の力で泳ぎきるしかないんだよ。自営業だってフリーランスだ
って、やろうと思えばできるよ」って言われたほうが、日本人が時代の変化
に敏感になれるんじゃないかなっておもいます。
それから、専業主婦の年金制度や税制に関して、シビアな見方をする人と及
び腰の人とに分かれているようですが、確かに全面的に変えようとするとす
ごく大変な作業ではあるんだろうけど、もうやらざるをえない時期に来てる
とおもいます。
少なくともパートの税制を変えるだけで随分違うとおもいます。年収 100万
とか 130万という枠は、裏を返せばパートを安い労働力に位置付ける1つの
メカニズムを生み出しているんです。結果的に企業が安いパートタイマーを
活用しやすい仕組みになっていて、いくら女性が働いても能力があまり活用
されないから税収も増えない。これでは悪循環ですね。
でも、システムが変わるだけでは働き方は変わりませんよね。私たちの意識
とシステムの両方が変わらなければ、いい変化は起こせないんです。
私は、若い女性たちの意識はもう変化している、そして、その女性の変化が
男性の変化を促す、とおもっています。
女性は結婚や出産などで働くうえでの壁に直面します。自分を見つめざるを
えないし、深く突き詰めて考える機会が多いんです。
だけど男性は働き続けるお膳立てができてますよね。いい学校に入っていい
会社に入って働き続ければ一生安泰だったから、なぜ働くのか、なんてあま
り考える必要がなかった。でも遅まきながら男性も考えざるをえない状況に
なってきている。
これから男性も結婚で悩むと思いますよ。だって、いままでみたいに家族を
養えるだけの賃金を一生もらえる保証がなくなったわけですから。実際、私
の身の周りでは、専業主婦を想定している婚約者に不安を感じて婚約を解消
した男性もいます。
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先を読み、行動する。自分の可能性を探す、広げる
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──古いシステムのなかでつくられた“意識”はもう時代遅れということで
すね。これからはどんなことが必要になってきますか?
世の中がどういうふうに変化していくのかっていう“先”を読むことだと思
います。なんで読まなければいけないか? 少し前だったら、会社は年功序
列で終身雇用で、給与はいくらで、というようなかたちで見えやすかった。
そのレールにのっかれば安泰が約束されていました。いまはそれが見えない。
でも逆にいえばチャンスが広がっているともいえる。何がきっかけで自分の
チャンスが開かれてくるかわからない時代なんです。
いま、40代、50代でその人らしい、面白い仕事をしている人たちに話を聞く
ときっかけは“偶然”だっていう人が多い。たまたま人や何かに出会って、
興味をもって行動を起こしたらチャンスが広がっていった、って。
もう“これがいい”っていう価値観が崩れちゃったんですから、既成の考え
にとらわれないで、疑問をもったこととかやりたいこととか、とりあえず興
味引かれたことから始めて何か行動を起こす、チャレンジしていくというの
が大事だとおもいますよ。その行動が、次の可能性を広げていく。意外と面
白い可能性ってたくさん広がっているんだろうなっておもいます。要は“し
なやかさ”をもつことです。
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仕事とプライベートの両立でより自由に、自分らしく生きる
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──最後に、先生が理想とする“幸せに働く”姿はどんなイメージか、教え
てください。
私の理想はありのままの自分をそのまま受け入れること。頑張らない。仕事
以外にもプライベートな時間を大切にして、豊かな充実した生き方がしたい
ですね。そういう面では働き方そのものがフレックスになって、高齢になっ
ても働けたり、能力がある人ほど労働時間を短くして、夫婦ともにゆとりが
生み出せるような働き方になってほしい。
私が注目しているのは、これからの若い人の動きです。私たちの世代と違っ
て、もうこれ以上経済成長が見込めない時代に生きている人たちは、仕事に
それほど喜びが見出せないんじゃないか。どんなに能力があっても、仕事だ
けという選択をしないようにおもうんですよ。いくら仕事をして偉くなって
もそれだけじゃ幸せになれないっていうことを、私たちの世代から学習して
るから、きっと違う価値観で働くはずです。
極端にいえば、報酬のためではなく自分が好きだから仕事をする。やってて
楽しい、お金ももらえるんだったらもっといいっていうような感じの、自分
にとって趣味的な要素の強い仕事になるとおもいます。仕事とプライベート
の境界線はなくなってくるかもしれません。
こうした新しい価値観が、日本発の新技術とか商品開発とかにつながってい
くと思うんですよね。そういう動きはすでにあって、i-modeとかL-modeとか
がそうですよね。
これから新しいものを生み出していくのは、楽しみながら仕事をして、おし
ゃれもして、プライベートとのバランスを取りながら、人生を楽しめる人、
しなやかに自分らしく自分の可能性を広げながら行動を起こしていく人たち
だろうとおもいます。