2001.2.7発行 vol.70
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■特集企画■

「21世紀を幸せに働く」〜雇用の現状と求められる変革〜

  ・組織的に軽くなろうとする企業体質と、深刻化する雇用問題
  ・仕事の具体的な情報を増やすことで“適職選択”が可能になる
  ・働く人と仕事とのマッチングにはデジタル化が有効
  ・個人が“幸せに働く”ために求められること
  ・最後に、自分のお仕事について

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【特集企画】━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
           「21世紀を幸せに働く」
         〜雇用の現状と求められる変革〜 
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昨年、読者の佐分利応貴(さぶりまさたか)さんから、編集部に一通のメー
ルが届きました。

『今や労働=救済(まじめに働く者が報われる)、という素朴な信仰が崩れ
始めており、働くことの意味そのものが問われています。これはある意味で
は非常に危険な兆候です。(中略)しかし、仮に日本人の労働観が柔軟に変
化すれば、日本は「労働=喜び」という新たなステージに移行できるはずで
す。すなわち、今必要なのは、「自己実現のための労働」をいかに労働者が
獲得するかということ。重要なのは「働くことの意味」を定義するのでなく、
各自が自らの仕事に誇りをもてるような社会的仕組みをいかに構築するかに
あるといえます。』

当時、労働省に勤務なさっていた佐分利さんは、ご自身の奥様が出産・育児
のために退職なさったことがきっかけとなって、働く女性の環境に関する問
題も身近なこととして感じるようになったということです。 
編集部では、佐分利さんに実際にお会いして、“21世紀の働き方”への個人
的な思いを語っていただくことにしました。

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組織的に軽くなろうとする企業体質と、深刻化する雇用問題
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世の中は一見不可解なように見えて、実はそれぞれの主体は非常に合理的に
動いています。現在多くの企業では(能力ある女性が高いポストに就けない
等)女性の労働力を十分に活用できていません。それは差別の面からという
よりは、むしろその方が合理的だと企業が考えていたからなんです。

例えば、同じ能力の男女に重要な業務を任せようとした場合、若い女性だと
任期途中で結婚・出産退職するリスク(と一般に社会で考えられている)が
ありますが、男性の場合にはそうしたことはありません。ホワイトカラーの
職場では、個人の能力の違いを示す指標がなかったために、よりリスクが少
ない男性が重用されたというわけです。

では、状況が良くなってきているかというと、必ずしもそうではありません。
これまでは、女性を採用することによって発生するリスク(結婚、育児など
ライフスタイルの変化に伴うさまざまな問題)を企業が負ってきました。と
ころが最近は、「正社員を終身雇用する」ということを大きなリスクと感じ
るようになり、正社員を減らして組織的に軽くなろうとしています。
そのため、リスクを個人に負わせる派遣社員・契約社員という雇用形態を増
やしています。特に女性については、男性よりさらにリスクが高いことから、
正社員を増やさずに派遣・契約社員などを増やしています。

会社が社員にリスク負わせることは、男性にとっても深刻な問題です。サラ
リーマンの場合、これまでは会社でまじめに勤めていれば年功序列で出世し、
給料も上がっていました。残業や単身赴任といった“不自由”の代償として
の“生活の安定”があったわけです。「退職するまでちゃんと面倒見るから
文句言わないで働け」と。“security(保障)”と“freedom(自由)”の
両方を求められても会社としても困るので、freedomは与えないからsecurity
を与える、というのがこれまでの会社だったのです。

ところが、会社によっては最近“リストラ”と称して中高年の人員削減を行
っています。これは経営面からみれば、短期的には合理的な判断かもしれま
せん。しかし中高年の方にすれば「若いうちはfreedomを奪われ会社人間と
なって働いたのに、今度はsecurityも奪うのか」と思うのは当然です。そう
いう意味で、この世代の人は会社に対して文句を言う理由があります。

まじめに働くだけでは報われなくなった――とすると、その影響は深刻です。
リストラされる中高年を目の当たりにした現代の若者が、「そんなオヤジに
なりたくない」と思うのもまた当然でしょう。それが若者の勤労意欲をそぎ、
フリーターの増加につながっていると思います。

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仕事の具体的な情報を増やすことで“適職選択”が可能になる
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小学生に「将来何になりたいか」「どんな仕事をしたいか」と聞くと、野球
選手、サッカー選手、パイロットなど、返ってくる答えは限られています。
これは今、職業に関する情報がとても少ないからです。

もっと“この仕事はこういうもので……”といった、それぞれの職業の具体
的な情報を増やせば、それぞれの職業を知ってから仕事を選ぶため、初期段
階でのミスマッチを減らすことができる。昔の大学選びのように、こういう
勉強がしたいから、その研究をしている研究室のある大学に進もう……とい
った感じで仕事が選べる。

たとえば銀行と証券会社とでは、同じ金融業界といっても仕事の内容は全く
違います。当然、銀行の仕事に合う人と証券会社の仕事に合う人も違ってき
ます。銀行の仕事に向いていない人も、証券会社ならスタープレイヤーにな
れるかもしれない。もっと職業に関する情報が増えて、その会社に入るとど
んな仕事をするのかが前もってわかるようになれば、「入ってみたらイメー
ジと全然違う会社(仕事)だった」というようなことが減るのではないでし
ょうか。

子供の頃から適職選択の能力をつけさせることは大切です。小中学校でもっ
と仕事についてまじめに考えるきっかけを与えたり、カウンセリングなどを
頻繁に行えば、仕事を選ぶ際の初期段階のミスマッチが少なくなり、社会全
体での“適材適所”が可能になると思います。

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働く人と仕事とのマッチングにはデジタル化が有効
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失業率は上がっていますが、企業は実は慢性的に人材不足なんです。いい人
材はいくらでも欲しい。でもそれができないのは、その人の能力を客観的に
判断することが企業にとって難しいからです。

個人の潜在能力の判断材料として、現在5000以上の企業がSPIと呼ばれる
テストを行っています。また、IQ3(社会人のスキルアップを支援するポ
ータルサイト)の職業適性診断などは、働く人間と仕事との初期段階でのミ
スマッチが減らせるうえ、その職業に就くために必要な能力開発までアドバ
イスしてくれます。

企業と雇用者のマッチングがうまくいっている例としては、IT産業があり
ます。メールでマッチングに必要な情報をやりとりしたうえで面接している
ため、この人はこのくらいのことができる…たとえばMOUSという資格を
持っているとか、Sun−Java認定をもっているとか……能力をデジタ
ル化することで、客観的な判断を可能にしているんですね。この方法だと能
力をつかみやすく、女性・男性の別も関係ない。

デジタル化によるマッチングが上手くいっているもう一つの例として、派遣
会社があげられます。ホームページでの登録の課程で能力チェックをするた
め「あなたの持っている資格はこれで、こういったことができるからこの仕
事を紹介します」という形でテストそのものが有効に使われている。
なぜ派遣会社で能力のデジタル化が上手くいくのかというと、彼らの役割が
トラブルシューターだからなんです。うまくマッチングができないと、契約
先の会社や派遣社員の方から文句が出る。毎日がそういう苦情処理なんです。
だから派遣会社はまじめに「どうしたらミスマッチを減らせるんだろうか」
と考えて、マッチングのための有効な手段としてデジタル化が進むんです。

ただ、デジタル化は、いいことではあるのですが、(形にあらわれない、そ
の人の持つ個性など)デジタル化できない水面下の部分が見えなくなってし
まう。そのため、デジタル化された部分だけで人生が決まってしまうとした
らちょっと恐いですね。

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個人が“幸せに働く”ために求められること
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IT産業に従事する人の中には、5年間で生涯賃金を稼いで、あとはのんび
り暮らそう……と考えている人もいます。こうした夢がかなう人は、今では
まだまだ少数ですが、それも一つのライフスタイルだと思います。

自分が考える次のモデルは“ラテン化計画”。個人的に南米が大好きだとい
うのもあるんですが(笑)。いい意味でもっといいかげんになる。これから
社会はどんどん多様化していきます。ライフスタイルも貧富の格差も広がっ
ていくでしょう。でも、そうやって現実が多様化していくのに、頭の中の価
値観が多様化していかないと、みんな不幸になると思うんです。

男女雇用機会均等法は、女性が働く職場の選択肢を増やした結果、女性のス
テイタスを上げました。ところが誰もがそんなに働きたいわけではなく、そ
こまで頑張らないでもっとラクに働きたい、5時には帰りたい人もいる。そ
れはそれで一つのライフスタイルなのです。でも、女性のステイタスが上が
ったことで、みんながガリガリ働かなければならなったとしたら、それは多
様な働き方を失うことになってしまうと思います。

今やサラリーマンの生涯収入の平均は3億円です。サラリーマンが40代で年
間1000万円ぐらいもらえるということは、1日4万円もらっているわけです。
そうした意味では、サラリーマンはとてもラクな商売だと思います。でも、
いくらいい商売だからといって、誰もがサラリーマンになれるわけでもなく、
誰もがサラリーマンに向いているわけではないのです。

そう考えていくと、価値観を多様化して、いろんな働き方を認めないと格差
が広がるばかりで不幸になってしまう。「日本はこれまで勤勉さで世界をリ
ードしてきた。これからは価値観の多様化でリードする」というのがいいと
思うんです。

多様なもの・異質なものを認めるというのは、自分がしっかりしていないと、
個としての自分が確立されていないとできないことです。でも、それはそん
なに簡単なことではありません。

社会が多様化していく中で、価値観が多様化しないと不幸になります。でも、
多様化して価値観の違いを埋め合わせられないとそれもまた不幸で、場合に
よっては戦争になります。そこで必要になるのがコミュニケーション能力で
す。コミュニケーション能力を身につけ、個として自立して生きていくため
には、教育が必要になってくる。教育とは、社会で生きていくための能力、
言い換えれば一人で生きていく力を与えるものなんです。

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最後に、自分のお仕事について
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政府の仕事は「社会問題の解決」です。放っておいても問題がないなら、役
人なんていらないんです。これからの役人は「休まず、遅れず、働かず」で
はいけない。何が問題なのか、それは放置しておいては解決されないのか、
解決できないならいつまでにどうやったら解決できるのかを常に考え、我々
のお客様(国民の皆さん)に説明できなくてはならないと思います。